第12章 エピローグ.Reliance
「なんだよ、お前全然進んでねぇじゃねぇか」
「うーん、ここ分かんなくて」
「ここにいい辞書がいるってのに...なんで俺に訊かねぇんだよ」
自分の事を辞書扱いした凛は拗ねたように汐を見つめた。
寝起きの凛など初めて見た。少し幼く可愛らしく感じた。
「凛くん寝てたでしょ」
「起こせばいいだろ」
あんなに綺麗な寝顔を起こそうと思う人なんているのかな、と汐は苦笑した。
「起こしてよかったの?」
「別に構わねぇよ。お前なら」
どこがわからねぇんだ、と凛は英文に目をやる。
凛に訊こうとしたところに汐はしるしをつけた。
「ここ。...このemotionalとreliableで形容詞がふたつ並んでるとこ」
「ここか。...emotionalが〝感情的な〟、reliableが〝信頼できる〟だ。このままじゃ意味不明だが、この前にthatがあるだろ?で、そのthatの前にthe personがある。てことはこの2つの単語はthe person...〝その人〟を形容するってことだ。ここまでは汐もわかってるよな?」
「うん」
凛はサイドリーダーの余白に単語の意味や文構造を書いていく。
律儀に小さな字で解説まで書いてくれた。
凛の英語の発音が美しくて、汐は外国人と話している気分になった。
「感情はどこから湧いてくる?心から、だろ?」
「あ...」
「だからここは〝心から信頼できる人〟だ」
「凛くんすごいね...」
汐は感嘆の声を漏らした。凛の説明はわかり易く且納得できるものだった。
「ま、これは直訳であって意訳するなら〝心の居場所〟...〝心のよりどころ〟がいいんじゃないか?」
「じゃあこの文章は〝彼にとってその人は心の居場所である〟でいいの?」
「そうだな」
行き詰まっていた文に今凛に教えてもらった文章を書き足した。
(心の居場所...)
続きの英文に少し目を通すと、安心できる存在、ずっと一緒にいたい存在、のようなニュアンスの文が並んでいた。
汐には思うことがあった。
シャープペンシルを置いて凛を見つめた。
汐の視線に気づいた凛は同じように見つめ返してきた。
「どうした?まだわかんねぇとこあんのか?」
「ちがうよ」
「そうか。じゃあどうした?」
不思議そうに自分を見つめる凛に、汐はやわらかく微笑んだ。
「あたしも、いつか凛くんの心の居場所になれたらいいな」