第97章 役者は揃った<弐>
善逸によって打ち上げられた堕姫は、空中で体勢を立て直すと屋根の上に降り立った。そして、目の前に対峙する善逸を見て目を見開く。
「お前・・・!!あの時にアタシに楯突いた不細工!!」
善逸の顔に堕姫は見覚えがあった。それは、自分が蕨姫花魁に扮していた時、生意気にも自分に歯向かい意見してきた者だった。
その後吹き飛ばし、帯に取り込んだはずのその者が目の前にいることに、彼女は驚きを隠せなかった。
「俺は君に言いたいことかある。耳を引っ張って怪我をさせた子に謝れ」
善逸は眠ったまま口を開くと、鋭い声で堕姫に言い放ち、堕姫は意味が分からないと言った表情で、善逸を見つめた。
「たとえ君が稼いだ金で衣食住与えていたのだとしても、あの子たちは君の所有物じゃない。何をしても許されるわけじゃない」
静かな声で話す善逸に、堕姫は不愉快だと言わんばかりに眉根を寄せた。
「つまらない説教を垂れるんじゃないわよ。お前みたいな不細工が、アタシと対等に口を利けると思ってるの?」
堕姫はふんと鼻を鳴らすと、鎌首を擡げながら嘲るように言い放った。
「お前程度の頭じゃ理解できないでしょうけれど、この街じゃ女は商品なのよ。物と同じ。売ったり買ったり壊されたり、持ち主が好きにしていいのよ。不細工は飯を食う資格ないわ。何もできない奴は人間扱いしない」
「自分がされて嫌だったことは、人にしちゃいけない」
善逸は静かに首を横に振ると、諭すように言った。だが、彼がそう言った瞬間、突如堕姫の口からは濁った声が響き渡った。
「違うなあ、それは」
その声は堕姫のものではなく、彼女の兄妓夫太郎の声だった。
「人にされて嫌だったこと、苦しかったことを、人にやって返して取り立てる。自分が不幸だった分は、幸せな奴から取り立てねぇと、取り返せねえ。それが俺たちの生き方だからなあ。言いがかりをつけてくる奴は、皆殺してきたんだよなあ」
顔を上げた堕姫の額には、先ほどまではなかった【陸】と刻まれた目玉が浮き出ていた。