第5章 見返りはパン以外で
どうしてこうなった。
この言葉を、昨日から何度思ったことだろう。
夢ならどうぞ、覚めてください。
高熱に見舞われたムギが立っているのは、ローが住むというマンションの玄関である。
「お邪魔します」と言うべきか、「帰らせてください」と言うべきかを選択するのなら、即断即決で後者を選ぶ。
しかし、マンションの住人であるローはそれを許してはくれず、「早く来い」と言いたげに顎でムギを促した。
これはいわゆる、“お持ち帰り”というやつか?
そんな考えが顔に出ていたのか、いっこうに動かないムギの前に、恐怖の大魔神様が仁王立ちする。
「自分で靴を脱いで上がるか、俺に無理やり連れていかれるかを選べ。」
「お邪魔します。」
ムギの決断は早かった。
病人とは思えぬスピードで靴を脱ぐと、玄関の敷居を軽やかに越えた。
ローが胡乱げな目つきで見つめてくるが、気にしない。
お茶を一杯ご馳走になったら帰ろう、そうしよう。
「……こっちだ。」
案内してくれるローに素直に付き従い、開けられた部屋の中へ一歩入って後悔する。
ああ、もう、今日は後悔してばかりだ。
「……。」
「どうした、入れよ。」
六畳ほどの部屋には椅子付きのデスクと壁掛けテレビ、大きな本棚が二つと、セミダブルベッドがひとつ。
……どう考えても、リビングじゃない。
「お邪魔しました。」
「馬鹿言ってねェで、さっさと入れ。」
すぐさま踵を返そうとしたのに、真後ろに迫ったローに押されて強制的に部屋へと入る。
待ってくれ、この展開は予想していない。
家に招かれた理由もわからないのに、自室に入るとか、パニック以外のなにを起こせばいいのだろう。