第7章 トラ男とパン女の攻防戦
何度欲望を吐き出しても、無防備に眠る獲物を目の前にして寝られるほど、ローの神経は図太くない。
欲求のままに獲物へ襲いかかるわけにもいかず、よって、ローは眠れない一夜を明かした。
ショートスリーパーであるローは夜更かしなんて日常茶飯事で、睡眠不足がデフォルトと化しており、もはや苦痛とも感じない。
しかし、今回ばかりは事情が異なる。
ベッド眠る獲物は、「さあ、襲ってください」と言わんばかりに警戒心がない。
気絶させた原因はローにあれど、すやすやあどけない寝顔を曝すムギを見ていると、開き直って頭からパクリと食いつきたくなった。
悪魔の囁きは明け方まで続き、邪念に負けないよう、何度ベランダへ出て頭を冷やしたか、数えることすら諦めた。
朝からパン屋で働くムギは早起きで、ローが思うより早く目覚めたのは助かった。
けれど、目覚めたムギになぜベランダにいたのかを聞かれ、挙げ句の果てにベッドを勧められた時にはパクリを通り越してバリバリ食べてやろうかと本気で思ったものだ。
どうせなんにも考えていないであろう馬鹿なレッサーパンダに苛立つだけ無意味で、いろいろと疲れていたローは素直にベッドへ転がった。
自分だけ安全地帯へ避難しようとする珍獣を引っ捕らえ、背後から腰のあたりに顔を押しつけた。
居心地が悪そうにもぞもぞしているムギを見ると、気分がいい。
悪趣味な悪戯をした報いか、ムギが下手くそな子守唄を歌い始める。
そんなもので眠れるか……と呆れていたが、音程を外したムギの声と、嗅ぎ慣れてしまった匂いを吸い込んでいるうちに、いつしか眠ってしまっていた。
こんなふうに、誰かに寄り添って眠ったのは初めて。
後にも先にも、ムギだけに覚えた安心感であった。