第7章 トラ男とパン女の攻防戦
蛇に睨まれた蛙の如く、ムギは黙った。
一応言っておくが、昨夜のアレコレを忘れたわけではない。
忘れたわけではないけれど、あえて考えないようにはしている。
考え出したら最後、絶叫しながら家を飛び出したくなるし、飛び出したら飛び出したで、心配したローとの追いかけっこが始まるだろう。
まさに、地獄の追いかけっこ。
そんなデッドヒートは全力で遠慮したいので、ムギは変わらずベッドを勧めた。
「まあまあ、そんな怖い顔をしてないで。寝不足はお肌の大敵ですよ? せっかくのイケメンが台無しになりますよ?」
なんて言い募ってみるけれど、寝不足だろうがイケメンはイケメンだ。
ローの場合、目の下の隈が濃くなれば濃くなるほどイケメン度合いが増すのだから、世の中は本当に不公平。
ふざけ半分に宥めたら、近づいてきたローに憎々しく見下ろされる。
「可愛くねェ……。」
「えー……、けっこう優しいこと言ったのに。」
優しさだけは詰まっていたことを主張したら、ぎゅっと眉根を寄せたローはなにかを言おうとし、けれども諦めたようにため息を吐いてベッドに転がった。
「三時間後に起こせ。」
「あ、はい。おやすみなさいませ……。」
本格的に眠るのならば人の気配は邪魔だろうと考え、寝室を出ようとする。
しかし、傍を離れようとした間際に長い腕がムギの腰に絡みついて、再びベッドに連れ戻された。
「わわ……ッ。ちょっともう、なにするんですか!」
「お前こそ、どこへ行こうとしてる。」
「どこにも行きませんよ。リビングでゴロゴロしてようかと思っただけで。」
「ふざけんな。ゴロゴロすんならここでしろ。俺が寝るまで傍を離れんな。」
どういうワガママだ、それ。
母親に縋る幼子じゃあるまいし、ひとりで寝られるだろう。
そう思うのに、腰をがっちりホールドした腕はちっとも外れず、戦うのも面倒なので諦めた。