第3章 ご一緒にパンはいかがですか?
厨房をほっぽり出して駆けつけたサンジに、すかさずゼフの一喝が飛んだ。
「サンジ! てめぇ、ムギに構ってねぇで仕事しろッ!」
「うるせぇ、クソジジイ! いつもムギちゃんをこき使いやがって!」
こき使われているのではなく、これは仕事だ。
いくらお金が好きなムギでも、タダ働きして給料を貰うほど厚顔ではない。
「だいたいてめぇは、ヒヨッコのくせにいっちょ前に格好つけやがって、少しはムギを見習ったらどうだ!」
「誰がヒヨッコだ、耄碌ジジイ! てめぇこそ、さっさと引退して俺に店を譲りやがれ!」
「あァ!? 生意気言いやがって、てめぇに店を切り盛りできるもんか、チビナス!」
日課の如く始まった師弟喧嘩。
普段であれば仲裁に入るムギなのに、今は入店してきた客に意識が向いてしまい、それどころじゃない。
ムギは客の顔を覚えるのが早く、初来店の人とそうでない人を見分けることができた。
自慢できる数少ない特技であるが、先ほど来店した客は、そんな特技がなかったとしても、一発で見分けられるほどのイケメンだ。
大多数の人の印象に残るであろうその人は、ムギが最近になって名前を知った人でもある。
言葉を交わすことも、関わりを持つこともきっとない。
仮にも客商売をしているムギがそう言いきれるのは、彼がムギの大好きなものを嫌っていると有名だったから。
それを知った時には、驚愕と共に「世界にはいろんな人がいるんだなぁ」と感心したものだ。
もともと共通点の欠片もなかったけれど、それはムギと彼との世界を分ける決定打となった。
しかし、彼はこの場にいて、ムギと同じ空気を吸っている。
パンの香りが常に漂う、ベーカリー バラティエの空気を。
(なんで? パンは嫌いなんじゃなかったの?)