第7章 トラ男とパン女の攻防戦
「あのさ、トラなんとか先輩は純粋にムギが好きなんじゃねぇの?」
あっけらかんと呟いたボニーの発言に、ムギは食べていたパンを詰まらせた。
秋の新商品の焼き芋パンは角切りのサツマイモがごろごろ入っていて、喉に詰まると死にかける。
「んぐ……ッ、げほ……! ボニー、くだらない冗談言わないで……!」
「冗談? マジで言ったんだけど。」
「なおさら悪い。そういう自意識過剰な勘違い、わたしが好きじゃないって知ってるでしょ?」
「知ってるけどさぁ……。」
じゃあ他にどんな理由が?と問われるが、彼の世話焼き性癖を暴露するのは躊躇われる。
「あんたって、面倒くさい性格してるのね。」
小さく可愛らしいお弁当をつつきながら、プリンが呆れた眼差しを寄越した。
「ローくんのなにが不満なわけ? 一週間近く恋人のフリをしたんでしょ? そんなに嫌だった?」
「……。」
デートをした、手を繋いだ、キスをした。
それがすべて、嫌じゃなかった。
だからこそ、困っている。
怖いのだ。
このまま付き合っていたら、自分の中のなにかが変化して、後戻りできなくなりそうで怖い。
勘違いだと理解しているうちに、ローとは友達に戻りたい。
なのに……。
「別れないって言うんですよ、あの人。」
「は?」
「だから、別れないって言うんです。付き合っていても、意味ないのに。」
胸の中で言葉にできないもやもやが広がった。
重苦しい塊を飲み込むため、素朴な甘さのパンを齧る。
そんなムギを見ていたプリンの可愛らしい顔が、微妙に歪む。
「ムギ、あんたってさぁ……。」
「あー、ダメダメ。プリン、言うなって。」
大食らいのボニーが四個目のおにぎりを食べきった手で、プリンの口を塞いだ。
「ちょ……、どうして止めんのよ。」
「人が言ったって、無理なもんは無理なんだよ。ムギは頑固だから、自分で気がつかなきゃ意味がねぇんだ。」
小声でひそひそ話をする二人を不審に思わないわけでもなかったが、ムギの悩みは目下、ローを説得するところにある。
今朝のやり取りで彼が諦めてくれるとは思えない。
早く別れないと。
自分の中で、なにかが変わってしまう前に。
隠れたなにかの正体に親友たちが気づいていると、ムギだけが知らなかった。