第2章 とにかくパンが嫌い
それは以前から兆候が出ていたことだった。
ローは他人の視線に敏感で、ことのほか女の黄色い声や好奇の視線には鋭かった。
始めはひとりか二人、それが三人四人になって、今はもう数えきれなくなっている。
まだ朝も早いというのに、駅のカフェには制服を着た女子高生が溢れ返っていた。
ローがコーヒーを手に席へ着くと、彼女たちは競い合うようにして周囲の席を奪取する。
例え店側は売り上げがアップして万々歳なのだとしても、静かなひと時を求めるローにとっては、迷惑甚だしい。
誰か、この状況をどうにかしてくれ。
どうにもならない悩みに頭痛を覚えながら、飲みかけのコーヒーを手に席を立った。
こんなところに居座るくらいなら、外で立ったまま本を読んだ方が遥かにマシ。
早めに登校しようかとも考えたが、それをすると彼女たちに負けたような気がして、無意味な意地を張っていつもの時間まで外で過ごした。
ひどく億劫な気分で時間を潰したローは、朝から疲労感すら覚えていた。
改札機に定期をかざしてホームに入ると、そこにはパン好きレッサーパンダがいつもと変わらぬ様子で立っている。
怪しげな丸いパンを頬張り、もぐもぐと幸せそうに咀嚼している彼女を見ると、なんだか無性に腹が立つ。
この苛立ちが単なる八つ当たりだとはわかっていたので、気分を変えるために本を開いた。
集中力が乱れているのか、本の内容はなかなか頭に入ってこず、結局は数行読んだだけで電車が来てしまう。
乱暴な手つきで本を鞄に収めると、間もなく電車は出発する。
動き出した電車はゆっくりと彼女のもとへ近づいて、もごもごパンを咥えるレッサーパンダの顔が間近に迫った。
パン好きレッサーパンダは、今日も幸せそうにパンを頬張っている。
たぶんその目には、ローの姿など映っていない。
(こいつ、ムカつくな。)
その時ローは初めて、彼女に対して険悪な視線を向けた。
鋭い眼差しに気づいた彼女と、ばちりと視線が交わう。
時間にして三秒ほど。
たったそれだけの時間見つめ合うと、スピードを上げた電車はホームから遠ざかっていく。
今朝はあまりに不愉快な出来事がありすぎた。
だというのに、ホームから離れたローの心は、いつの間にか宥められていたのだった。