第6章 パン好き女子のご家庭事情
バラティエに来なければいい。
ローのことをそんなふうに思ったのは、これが初めて。
しかし、彼は今日もやってきた。
ローがやってきたタイミングを見計らって、ムギは品出しするには少し早いパンの鉄板を持ち上げる。
「あ、ギンさーん。レジお願いしてもいいですかぁ?」
これは逃げではない、逃げではない。
ただ単に、手が離せないだけである。
せっせと忙しくパンを出し、レジの方をいっさい見られないのも、決してローを避けているわけではない。
いや、避けていいなら避けたいけれど。
「……ムギさん。」
「はい、ギンさん!」
「すんません、レジにエラーが出ちまったんですけど。」
「ああ、それはですね……。」
口頭で説明してもわかるはずもなく、心臓に釘が刺さる思いでムギはレジへ向かった。
このレジも空気を読めないやつだ、せめてひとつ前か後ろの客の時にエラーを起こしてくれればいいものを。
「ここをこうして、こうします。」
「なるほど。面倒かけます、俺、機械に弱ぇもんで。」
「いやいや、最初はわたしもわかんなかったですよ。なんでも聞いてくださいね。」
珍しく先輩ぶりを発揮している合間にも、ローの視線が突き刺さって痛い。
第一印象では人相が悪いと思ってしまったギンでさえも、ローの威圧感と比べれば可愛いものだ。
「……じゃ、あとはよろしくお願いします。」
ローのレジをギンに任せ、ムギはいそいそと品出しに戻る。
今日はこのまま、ローとは目を合わさず、言葉を交わさずに過ごしたい。
しかし、やはりムギは馬鹿だった。
いくらムギがローを避けていても、その願いはローの協力なしには叶わない。
なぜなら、仕事が終わって店から出てくるムギを、ローは虎視眈々と待ちかまえているからだ。