第2章 とにかくパンが嫌い
パン好き女の存在に気づいて三ヶ月が経った頃、初めて彼女と目が合った。
目が合ったといっても電車のガラス越しで、もしかしたらローの気のせいかもしれない。
ローとしては、どちらでも良かった。
彼女の顔を観察するのは、動物園でレッサーパンダを眺める感覚によく似ている。
レッサーパンダと目が合おうが合うまいが、事実としてはどちらでも良い。
「あ、キャプテン、おはよー!」
「ああ。」
「眠そうッスねぇ。」
ローが教室に入ると、存在に気づいた仲間たちが集まってくる。
クマみたいな巨体をしたベポに、帽子を目深に被ったペンギン、それから室内でもサングラスを外さないシャチ。
彼ら三人はローの幼馴染で、大昔喧嘩でボコボコにした名残から、ローのことを“キャプテン”と呼び慕っている。
ローと同じ高校に進学したい一心で死に物狂いで勉強した、非常に暑苦しい親友たち。
「ね、ね、キャプテン。明日合コン行かない? すんごい可愛い子が揃ってるらしいんだけど。」
「行くわけねェだろ、馬鹿。」
勉強はできるが頭が悪いシャチの誘いを一蹴すると、床に手をついて絶望する。
「ひどい、ちょっとくらい来てくれてもいいのに!」
「なんで俺がそんな面倒なもんに行かなきゃならねェんだ。」
「だって、キャプテンが来ないなら合コンしないって言うから!」
だからどうした、と思う。
中学に上がる頃から、ローの周囲にはやかましく騒ぎ立てる女子が増えてきて、心の底から面倒な生き物だと感じていた。
ローも立派な男だから、女の乳やら尻やらに興味がないわけではない。
実際、何度か試しに付き合ってみたこともあったけれど、結果として面倒だっただけ。
一緒に帰りたいだの、プライベートな時間に会いたいだの、連絡を頻繁に返せだの、煩わしい限りだった。
特に嫉妬と独占欲が厄介で、彼女らは他の女だけではなく、ベポたちにまで対抗意識を持つ。
親友と女、どちらを取るかと聞かれれば、迷うことなく前者を取る。
そう言い放つと、たいていの女は泣いて喚いた。
最後の女と別れた時、心底面倒だと懲りて、特定の女と付き合うのはやめた。
だからといって女遊びをするような性格でもなく、そんな暇があるのなら読書に時間を費やしたいと願うのであった。