第2章 とにかくパンが嫌い
ローがその女の存在に気がついたのは、高校二年生になったある時だった。
駅のホームで電車を待つ間、本を読もうと鞄を開きかけたローの隣に、彼女は来た。
通学通勤ラッシュである朝のホーム。
隣に誰が並ぼうとも、普段ならば気にも留めない。
しかし、その日ばかりは隣の女に気を引かれた。
なぜなら、彼女はローと同じように鞄を漁り、ペーパーに包まれたパンを取り出したのだ。
(朝飯くらい、家で食ってこいよ。)
別に駅の構内は飲食禁止ではないけれど、いい年をした女が人目も気にせずパンを貪る姿には、不快を通り越して呆れた。
それが、彼女を気にしたきっかけ。
一度気づいてみると、彼女は毎日ローと同じ時間に同じ駅を利用している学生だった。
驚くべきことに、彼女がホームでパンを貪っていたのはあの日だけではなく、毎朝の習慣であったようだ。
しかも、毎日微妙にパンが違う。
そこまで観察する必要なんてないのだが、一度気になってしまったものはつい目に入ってしまう。
それになんというか、彼女はとても美味しそうにパンを食べるのだ。
(あんなもん、どこが美味いんだか。)
世間において、パンが嫌いな者は珍しく、自分やコラソンの方が変わっているのだとは自覚している。
しかし、あんなにも美味しそうにパンを貪る人をローは知らない。
まるで幸福のすべてが詰まっているかのように至福の表情を浮かべる彼女に、一度尋ねてみたい気もしていた。
もちろん、本当に尋ねるつもりなどはないのだが。
白いブレザーに、山吹色のチェック柄プリーツスカート。
彼女の高校の制服は、ここからわりと近いスペード高校のものだったので、必然的に特急電車を利用するローの方が先に電車に乗り込む順番となる。
ローが通うハート高校は、特急電車を使えば一駅で済むため、いつもドアの前をキープしていた。
電車が動き出すと、あとに来る普通電車を待っているパン好き女の前を通る。
その瞬間だけは彼女の顔を真正面から見られるから、ローはいつしか、ガラス越しに彼女がパンを齧る顔を眺めるのを習慣としていた。
彼女が幸せそうにパンを食べるのと同じように。