第1章 イルミ
君から香水の匂いがした。
「イルくん、ただいまーっ!」
朝、仕事に出かけたリーシャは数時間後、ククルーマウンテンの俺の家まで帰ってきた。
あぁ、今日はいつもより出勤時間が短いと言っていたなと思い、いつものように抱擁して受け入れた。
「……っ」
…は?
刹那、君からスッと香った、知らない匂いに疑問が浮かぶ。
どこで、だれと、なにをしていたのか、
一瞬で頭をよぎり、解答が出なくてリーシャに反応ができない。
「…ん?イルくん?今日は帰り早いんだよ?朝言ったのに。帰って来たから驚いちゃった?」
諭すように早帰りの理由を説明する彼女は、抱きしめて黙る俺を不思議がっている。
リーシャが何をしていたか、なんて仕事以外あり得ない。しかし、きちんとした説明を聞いて、納得した答えを得られないと、この匂いを「処理」できない。
「…リーシャ、今日は何してたの?」
リーシャの仕事は市が発行する広報誌の記者で、いたって普通の一般人だ。市内ならどこでも赴き、小さな町の出来事を取材する。祭りや、天候、町民の些細な小言から記事を書く。
だから、そんな仕事の分かり切ってる部分がが聞きたいわけじゃないと示して、何してたのかを聞く。
そうして聞く俺に、頭を押し付けてリーシャは俺の気持ちに気づくことなく楽しそうに言った。
「今日はね!隣町でサルーンさんっていう人と来週末に行われる野菜市のインタビューしてたの。人参とか、じゃがいもとか売るんだけど、果物も売るんだって!イルくんの好きな林檎も入るって言ってたから一緒に行きたいね!」
俺が小さな不満を抱いてるなんて少しも思わないリーシャは、子供のように俺にくっつく。そして、今日の出来事を話し、ちゃっかりと俺との来週の約束をする。
こういうとき、察しの悪い彼女に苛立ちを覚える。
「知りたいのはそんなことじゃなくてさ、」と
もう一度、的確な答えが返ってくるように尋ねる。
「リーシャ、そのサルーンって男?2人だったの?」
重要なのはさ、ここなんだよ。
少し怒ってるのかな?とようやく察したが、気にしていないリーシャは、またニコニコと話し始める。