【文スト】ボタンを押したら飛んじゃった【wrwrd】
第7章 2.01 発端
「私には、育ててくれた姉が居たんです。血は繋がってないですけど、親のいない私に、本当のお母さんのように接してくれて…。」
杏がそこまで言うと、太宰は何かに気づいたのか口を開いた。
「若しかして、君は龍頭抗争での孤児かい?」
太宰のその言葉に、杏は静かに頷く。
グルッペンはというと、聞き慣れない言葉を前に“天”と書かれた布を顔に掛けた男に目を向けた。
男は“はいはーい”と言うと目の前のパソコンをカタカタと操作し、会議室のモニターへと龍頭抗争についての詳細を出す。
「私はこの抗争で両親を失い、姉に拾われました。その姉が、今回のボタンについて研究してたんです。その資料を最近見つけて、興味本位で作ったら…こんなことに…。」
そこまで云うと、杏は視線を自分の膝へと落とした。
「失礼ですが、お姉さんは今どちらに…?」
敦が尋ねると、杏はさらに視線を落とした。
「…分かりません…。2年前、突然私の前から姿を消しました…。」
その言葉に、敦はやってしまった、という顔をする。
其れを横目に、太宰は質問した。
「お姉さんのお仕事とかは、分かりますか?」
杏は顔を下げたまま、ただ首を横に振った。
「警察とかには、届けたんですか…?ほら、失踪届…とか…。」
敦が言いにくそうに尋ねると、またも杏は首を横に振るだけだった。
その場の空気が少しだけ重くなる。
それに気づいた杏はハッとして顔を上げた。
「ご、ごめんなさい…!こんな空気にするつもりじゃ…!!…姉がいつも言ってたんです。私は若しかすると突然杏の傍に居られなくなるかもしれない。その時は許してね。と…。だから、覚悟はしてたんです。…してたんですけど…。」
そこまで云って、杏は力なく笑った。
「あはは、ダメですね…。覚悟してたつもり、諦めたつもりだったのに、お姉ちゃんの研究資料見つけて、これが完成したらお姉ちゃん、帰ってくるんじゃないかって…。でも結果として、皆さんにこんなご迷惑を…。本当に申し訳ございません…。」
杏はもう一度深く頭を下げた。
「もう気にしなくともいい。此方としては、元に戻る手伝いさえして頂ければそれで大丈夫だ。」
グルッペンは紅茶に口をつけると、そう言葉を発した。