第5章 岸優太の憂鬱
母親の暖かさを俺は知らない。
……だからだろうか。
身近にいるあの人に、
母親みたいな優しさを
感じていたのかもしれない。
……でも、
それだけじゃなくて。
熱を焦がす。
だんだんと溶けていった
硬い、固い鎖。
それは自覚なんてなくて、
知らない間に
ふつふつと燃えていた。
……優太。
……優太。
優しい声が、
俺の名前を呼んでいた。
だんだん近くなる鼻をつく匂い。
気になって仕方ない。
……そんな匂い。
そして、自身の奥から
沸き上がってくるような熱。
これは、まるで───
「岸くん、大丈夫?」
薄目を開けた俺の視界に
映るぼんやりとした影。
匂いを頼りに、
俺は反射的にその手を引いた。
ああ、そうか。
これが─────
だけどもう、
自制する事なんて出来なかった。