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溺愛執事の恋愛事情

第11章 執事、引退


あれから、10日あまり。
騒ぎが終息に向かう中、ハイセの出発を翌日に控えた、冬の寒い日。
いつものとーり、ハイセのいない屋敷へと帰宅の足を向けた。
玄関を入ったところで。



「………ハイセ」



懐かしい人物が、パパの書斎から出てきた。
驚いて思わず呼び止めたあたしと違って、あたしを見ても表情ひとつ、動かない。
驚きもしない、か。
今さら当たり前なのに。
あんなに、酷いこと言った。
表情ひとつ変えずに、あたしを見ることもせずに、すれ違うハイセ。
まだ、泣いちゃ駄目だ。
ハイセがドアを出るまで。
我慢、しなきゃ。


カチャ


て。
ドアに手を伸ばす、気配がして。



体が硬直したように、動かない。
もう、会えないのに。
抱き締めてもらうことも。
触れることも出来ないなんて。
自分で決めたのに。
こんなにも、胸が痛い。




ぐんっ



て。
涙がこぼれそうになった、時。
力強い腕に引かれて。
背中はドアへとくっついていた。
目の前には。
左腕をドアへと押し付けて。
苦しそうに顔を歪める、ハイセの顔。

「………ぇ」


「自分から振った男にその表情(かお)は、ずるすぎだろう?」



明かりも何もかも遮るくらいに、ハイセが近い。
視界いっぱいに、ハイセがうつりこむ。


「もういらない相手に、なんで涙なんか……」


拭ってくれた、人差し指が、熱い。
ハイセに触れられた皮膚が、熱い。


ハイセ。
ハイセ。


愛してる。
今すぐにでも飛び込んで、抱き締めたいのに。
こんなに近くに、いるのに。



「………皇」



右手が、顎に掛かって。
少しだけ、上がる視線。
ハイセの顔が近付いて、きて。



「━━━━━━っ」




ぎゅ、と目を閉じて。
両手をハイセの唇に、押し当てた。


「…………もう、行ってハイセ。パパへの挨拶は、済んだでしょう?」
「………ああ」



パタン、て。
ドアが閉まる、音がして。



その場へと座り込み、声を押し殺すように嗚咽を漏らした。

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