第2章 きみがため
再び看護師モードに戻った明日那は、粛々と郷未の入院手続きを始めた。
郷未の身体は永夢に抱えられ、筐体から車椅子に移された。
力が抜け、首がだらんと垂れてくる。前髪から覗いた瞳は、やはり明後日の方向を向いていた。
飛彩はしゃがみ込んで郷未の手をとり、悔しさに肩を震わせている。
「……見てらんねぇな」
静寂を割ったのは大我の一言。
「ちょっ、闇医者先生!?」
大我はおもむろに貴利矢が持っていたガシャットを奪い取ると、飛彩の前で歩みを止めた。
「なにしょぼくれてんだ坊っちゃん。ソイツ、まだ死んでねえんだろ?だったらこれ使えばいいじゃねぇか。わざわざ向こうが用意してくれたんだからよ」
「……分かっている。しかし、郷未を救うには小姫を切らねばならない。つまりあの女が言いたかったのは、『二兎を追う者は一兎をも得ず』ということだ」
百瀬小姫の復活は、飛彩の何よりの悲願である。貴利矢がバグスターから人間として奇跡の再生を果たすと、その思いはより強くなっていった。
しかし、こんな自分に好意を寄せてくれる郷未のことも無下にはできない。普通酒の席で昔の女の話を延々聞かされれば、嫉妬だってするし、愛想だって尽きる。
それでも彼女は何の見返りも求めず、小姫を想い続けることを許してくれた。その優しさに甘えてしまったのだ。
「分かってんじゃねぇか。なら今決めろ。医者として職務を全うするか、一人の男として思い出にしがみつくか、そのご立派な頭でな」
「しがみつくなんて……大我さんそんな言い方しなくても!」
「じゃあどう言えばよかった?どうせ結果は変わらねぇ」
加速する暴言に対する永夢の反論を、大我は背中で受け止める。
「なぁ坊っちゃんよ。お前自分の立場分かってるか?
アメリカの偉い大学飛び級で出て、世界中の勧誘蹴って、日本で患者救ってる……そりゃつまり、この病院どころか国の宝だ。
誰だって、そんな奴にくだらねぇ失敗してほしくねぇだろ」
大我の言葉は、医者の権威だとか大人特有の建前を超越していた。
こうしていちいち激励の中に棘が混じるのも、不器用な大我の優しさである。