第8章 しろくろ *前編*
ジャリ………
「…っ!何者かおるのか!」
斥候どもが色めき立つ。
だがこの程度など取るに足らん、些末(さまつ)なこと。
「申し訳ござらん、少々道を失い申した」
「…迷い人か。どちらへ行かれる」
「いやなに、街道を逸れて雉撃(きじう)ちをしたはいいが、元へ帰る道を見失ってしまった」
呆れと薄い嘲笑が入り交じる。
「それはそれは…さぞ大きな雉を撃たれたのだろうな」
「ご用とあらばお目にかけるが?」
ブッと一人が吹き出し、勘弁してくれと笑う。
「ところで…この辺りはどなたの領地か」
「この森を抜け、再び森へ入るまでが武田家の領地だ」
「武田家の」
「街道への戻り道は、この先を真っ直ぐ行けばいい。もう迷われるなよ」
「かたじけない」
慇懃(いんぎん)に礼を返すが、この先に街道はない。俺をからかうとは、意地の悪いヤツもいるものだ。
だが、都合はいい。
お言葉に甘えて、この先へ進ませてもらおう。