第1章 21時の邂逅
あまりの頓珍漢な雰囲気にため息すら出ないマルコは、盆に乗せた果物と炭酸水を置き去りにして、来た道を戻りたくなった。
「で、アンタ名前は?」
全員落ち着きを取り戻したところでマルコは女に尋ねた。
「多分、メルトリリス…」
女、もといメルトリリスは曖昧に回答する。
「たぶん」
「多分かァ」
「自分の名前を忘れることってあるか…?」
流石のエースも呆れているが、全員が彼女のタトゥーを見てから何となく察してはいた。
「はあー、何も憶えてないよう…」
彼女の身体中のタトゥーは先程鏡を使用し、くまなく確認した。そこから読み取れた内容は、名前がメルトリリスであること、年齢は19、 前向性健忘という記憶障害があること、メモ・写真・タトゥーを記憶代わりにしていること、30分前後しか記憶が保たないこと、などの基本情報。
それに加え〈定期連絡AMPM8:00〉の記述と数字の羅列。恐らくこれは、所属団体へ繋がる電々虫の番号だろう。12時間置きに定期連絡を入れ、情報整理をすることが、喪失した記憶を補う役目を果たすことも容易に想像できた。今回に至ってはそのサイクルを崩してしてしまった訳だが。
なお、メモ帳や電々虫、ビブルカードなどもあっただろう荷物の類は今頃海底に沈んでいよう。
「取り敢えず、その番号に連絡をすれば今後の身の振り方が分かるでしょ」
ハルタは考えることを放棄し、扉へ向かう。
「親父と皆に伝えてくる、目ェ覚めたって」
エースはハルタを横目で見つつ、1番気になっているタトゥーについて口にした。
「右手の甲」
「んー?」
「月と果物の模様だけどよ、コレ、悪魔の実じゃねえか?お前泳げねェし、もしかすると…」
「なるほど、確かに、あながち間違いでもなさそうだな」
エースの指摘にマルコも頷く。メルトリリスは何度か大きく瞬きをして考え込んだ。
「月か、うーむ、ツキ…、悪魔の実を食べた記憶はないけど、ツキに関する知識はあるぞ」
「え!じゃあお前、月の力とか使えたりすんの!?」
ムーンプリズムパワー!などと、目を輝かせるエースとは反対に、メルトリリスは虚空に視線を彷徨わせる。
「いやmoonの月じゃねえ。luckのツキのほう」
「え?」
「は…」
つまり彼女は悪魔の実によるラッキー体質なのであろうか。それにしては、昨晩は不運を招き過ぎていたように思う。