第27章 翔ぶ
料理長はあんぐりと口を開けたまま、マヤを見る。
そこには小柄で、バルネフェルト公爵家次期当主であるレイモンド卿がエスコートした女性にしては地味で、ごく普通の町娘のような女性が恥ずかしそうに頬を染めていた。
……この大人しそうな小娘が…?
内心では訝しく思ったが、そんなことは決して表に出してはならない。
「さすがでございまっする! 貴族のお嬢様は高い見識も備えていらっしゃるのですね…!」
「……私は貴族じゃないです…」
「そ、そうでいらっしゃいましたか…! いえ貴族かそうでないかはこの際関係ございません」
そう、関係ない。
料理長にとってマヤの素性はどうでもよく、レイの連れだということだけが重要なのだ。
「ダージリンやアールグレイほどのメジャーな銘柄であれば、ご指摘する方もいらっしゃるにはいらっしゃいますが、ゴールデン・トワールをテイスティングできる方がいらっしゃるとは…! やはり大貴族様のお連れ様のお嬢様は、ぬきんでた才能をお持ちでいらっしゃいまっする!」
大げさに褒められてマヤはすっかり恐縮してしまった。
「そんなことは、ないです…」
マヤが心底困っている様子をレイは楽しそうに眺めていたが、これ以上料理長の妙な言葉遣いを聞きたくなくなった。
「まぁそんな歯の浮くような台詞を並べ立てるもんじゃねぇよ、料理長。マヤはな、紅茶商の娘だから詳しい。ただそれだけだ」
「紅茶商…! 貴族ではないなどと謙遜されていらっしゃいましたが、紅茶商となれば高貴な血すじの方が多いと聞きます。やはりそうでしたか…。この美しいご尊顔を拝見すれば、そのようなことは、いともたやすく…」
料理長の言葉をさえぎったのは、マヤだった。
「あの…! 紅茶商ではありません! ただの田舎の小さな紅茶屋ですから…!」