第26章 翡翠の誘惑
「……あ? そんなことは聞いてねぇが」
もともとあるリヴァイの眉間の皺が、より一層深くなった。
……どうして… こんなことに…。
向かい合った席に座っているマヤは、困った風に眉を寄せた。
執務室を一緒に出て、すでに閑散としかけた食堂へ。夕食を取って、誰もそばにいない奥の席へ座った。
一週間ぶりのリヴァイ兵長との食堂での時間。二人でゆっくりと命の糧をいただく大切な時間。
久しぶりの心が笑顔になるひとときに、マヤは高揚していた。
王都は、貴族の屋敷は、舞踏会は、確かに非日常のきらきらした艶やかな世界だったけれども。
やはり、ここが落ち着く。
古びた兵舎。いつもの仲間。訓練で飛び散る汗。厩舎の馬の匂い。ラドクリフ分隊長が世話をしている花壇。食堂のごはん。
……食堂のごはん。
肉は少ない。野菜は兵団の畑で作っている芋が毎日のように登場してくる。パンはあごの運動になる。
けれども、美味しい。
限られた予算で豪華な食材を調達することはできないが、食堂のごはんは作り手の顔が見える。マーゴにジムをはじめとする料理人たちの顔が。
兵士の健康を気遣って愛情をこめて作った、美味しい食事。
そして食事は、ともに分かち合う相手がいることで、もっと美味しいものになる。
心を許し、なんでも話せる友達。辛い訓練を乗り越えてきた同期に後輩。尊敬と信頼を寄せる先輩。
それから… 今、前に座っている人。
リヴァイ兵長。
……兵長と食べるごはんは、どんなご馳走よりも美味しいから。
マヤの気持ちはたかぶり、いつもより饒舌になっていたかもしれない。
「兵長、やっぱり美味しいですね! 食堂のごはん」
芋のスープを口にしながら、リヴァイはにこにこと笑顔を向けてくるマヤの顔をじっと見た。美味ぇとも不味いとも言わずに。
リヴァイの視線を肯定ととらえられるほどに、マヤは上機嫌だった。
「一緒に食べてるからかなぁ?」
無邪気に笑ってサラダを食べているマヤの言葉と姿に、リヴァイは胸を撃ち抜かれた気がする。
「……あぁ、そうだな…」
さりげなく同意してみると、即座に返ってきた。
「ふふ、ですよね!」
マヤの笑顔がまぶしい。
そしてまだこの段階では、リヴァイの機嫌は悪くなかった。