第6章 夢見心地のマドレーヌ
「別に。タバコ吸ってたらお前が出てきただけだ。」
淡々とそう告げる松田に、杏奈はなるほどと納得する。
モリエールは全席禁煙だ。タバコを吸うためには外にでるしかない。喫煙者の松田は、タバコを吸いたいストレスを感じていたのだろう。
でもタバコ吸い終わったなら、帰ればいいのに……なぜ?
そうだったんですねーと納得しかけた杏奈だが、ではなぜ松田は駅の方面とは逆の、この道を歩いているのか。
その違和感に気付いた杏奈は、駅あっちですよ?と進行方向とは反対を指差す。眉をさげて残念な人を見るようなその眼差しに、松田は杏奈の頭を叩いた。
「次いでだし、送ってやろうかと思ったんだよ。」
俺もあとは帰るだけだしなと告げる松田を、杏奈はぽかんと見上げる。
この辺りも安全ってわけじゃねえしと、普段の松田からは想像もできない、優しい言葉に杏奈は、呆然としたまま彼を見た。
「松田さんが……警察みたいなことを……。」
「俺は現役の警察官だ、バカヤロウ。」
恐ろしいものでも見るかのように、わなわなと唇を震わせる杏奈の発言に、松田はふたたび目線の下にある小さな頭を叩いた。
そうだった。こんなんだけど松田さんって、現役の警察だった。
普段の人を食ったような言動と、スーツにサングラスという怪しげな格好の所為で忘れかけていたことを、杏奈は思い出す。
「どっちかって言うと、しょっ引かれそうなタイプなのに。」
「お前ほんといい加減にしろよ?あぁ?」
悪い癖が最悪のかたちで出てしまった杏奈の顔面を、松田がいつかのように片手で鷲掴みにする。
痛い痛い〜すみません〜思ってないです少ししかと、喚きながら自分の顔面を鷲掴みにする松田の手を、どうにかこうにか剥がそうとする杏奈。
しかしまたしても墓穴を掘り、しっかり思ってんじゃねぇか…!と松田は彼女の顔を掴む指先に力を込めた。
しかしいつまでもこうしていると、彼女の声を聞いた住民に通報されかねない。何せ、サングラスにスーツ姿の男が、女子高生の顔面を鷲掴みにしているのだから。どこからどう見ても通報案件である。
松田自身もそれを自覚しているから、ある程度気が済んだところで、杏奈の顔から手を離した。