第10章 チャイの香りと共に飲み込んで
「松田さん、彼女できましたぁ?」
向かいの席に腰かけ、チャイを飲む杏奈言葉に、……へ?と、思わず萩原の口からすっとんきょうな声が漏れた。
普段の比ではないくらい多忙を極め、忙殺された八月を乗り越え、九月に入って最初の休みに、萩原はいつかのように杏奈をデートに誘った。
前回とはすこし趣向をかえて、古本市や古書店の立ち並ぶ通りを散策してみたり。一通りこの近辺をまわり尽くしたところで、昼食にしようと平屋を改築した古民家カフェに入ったのだが。
昼食を食べ終わり、食後の一杯を飲む杏奈は、そういえば…と思い出したように、そう問いかけたのである。
「えぇっと……。とりあえず、どうしてそう思ったのか聞いてもいいかな?」
萩原は混乱していた。
藪から棒に松田の彼女の有無を確認されたことはもちろん、色事にまったくと言っていいほど興味のない杏奈が、そんなことを聞いてきたことに、ひどく驚いたのだ。
とりあえず落ち着こうと、萩原は混乱しつつも、なぜ今まで気にも留めていなかったであろう、そんなことを聞くのかと問い返す。
もうこの際、デート中にほかの男の名前をだすのは野暮だなんてことは言わない。それを口にするほうが野暮である。
萩原に問い返されて、杏奈は実は…と口を開いた。
「このあいだ、松田さん朝帰りして、そのままモリエールに来たんです。」
杏奈は、図書館でばったりと松田とあった翌日のことを思い浮かべながら、話しだす。
まず最初に違和感を覚えたのは、入店してすぐ、松田の姿をみた瞬間だ。
前日に図書館で彼とあった杏奈は、松田がそのときと全く同じ服装であることに、直ぐに気づいた。
それだけならば、荻原とでも飲んでいたのだろうと、思っただろう。松田からはほんのりアルコールの匂いが漂っていたから。
しかし接客中に松田の傍によって、彼から普段とは違う香りがすることに、気づいた。
たばことアルコールの匂いに邪魔されて、最初はそれがなんの香りなのか、わからず杏奈は首をかしげたのである。
だがレジに並ぶ松田に近づいた際に、それがなんなのか確信した。