第8章 月夜のティラミス
「じゃあもしかして……彼氏とか?」
恐る恐る杏奈の反応を窺うように尋ねた青年に、杏奈はきょとんと目を丸くして。次の瞬間、あははーと破顔一笑した。
いきなり笑いだした杏奈に、青年が目を丸くする。年が離れている二人の気軽な様子に、兄でなければ恋人だと思っていたのだ。
一通り笑うと杏奈は、それこそ違うよーと青年の言葉を否定する。
「松田さんは、私がバイトしてるお店の常連さんー。偶々ここで会ったんだよー。」
へらりと微笑み説明する杏奈に、青年はホッとしたように、そうだったんだと表情を明るくした。
その様子を松田が見ていると、青年はちらりと松田を見て。直ぐに視線を杏奈に戻す。
「そういえば、今度の夏祭り。坂口もくる?」
近々このあたりで夏祭りが開催される。クラスの男女数人のグループで、一緒にいこうという旨の連絡が回ってきたことを、杏奈は青年の言葉で思い出した。
しばらく宙を見つめて考えていた杏奈は、ゆっくりと唇を動かす。
「多分いくかなぁ。さくちゃん気合い入ってたから、連行されると思うー。」
"さくちゃん"とは杏奈の友人である女子のことである。可愛いものと恋バナが大好物な今時の女子高生で、そして何かと首をつっこむのが好きだ。
恋愛に興味のない杏奈にも、彼氏を作ろうと何かとお節介をやいている。今回も、夏祭りの日程を空けておくようにと、杏奈は再三いわれていたため、嫌でも連行されるのだろうことは、容易に想像できた。
「そっか!俺も参加するからさ、当日いっしょに回れるな。」
青年は上気してほんのりと赤らむ頬で、にっかりと笑う。
嬉しそうな顔をした青年に、当日はよろしくねーとゆるく微笑む杏奈に、こちらこそと頷いて、青年はそれじゃあと別れを切り出した。
課題を消化しに自分の席へと戻る青年は、去り際にちらりと松田を見た。
「……失礼します。」
「……精々がんばれよ、少年。」
律儀に頭をさげた青年に、松田がそう返す。
青年はその言葉にぴくりと反応して、反抗的な瞳で松田を見て、今度こそ立ち去った。
「松田さーん、性格悪〜い。」
青年が立ち去ったのを見送った杏奈が、によによと意地悪く微笑みながら言う。