第10章 ミステリートレイン
『抱きしめたくなるだろ』
あの夜の、初めて聞いた声が忘れられない。
それは今までの柔らかい口調や言葉遣いとは明らかに違う気がした。
何より、似ている。
例の夢に出てくる"あの"声に。
もし同じものなのだとしたら、やっぱり自分は昔安室透に会ったことがあるのだろうか?
だとしても思い出せないという事は、特別なことは無いのだろう。
それでもこの巡る思考が止まらないのは、興味、なのだろうか。
たかが夢、されど夢。
読み解くには手札が少なすぎる状況に、柊羽は一旦考えるのをやめた。
(そういえば今日はシフト入ってないって言ってたっけ。)
少し頭を冷やそうとアイスコーヒーを口に入れたものの、また自然と彼のことを考えてしまった。
(探偵のお仕事かなぁ…いや私きもちわる!重!!)
「あれ?柊羽お姉様!?」
「ちょっと園子、柊羽さんお仕事中なんだから…」
「園子ちゃん、蘭ちゃん!いいのいいの、ここ座って?」
ちょうど邪な考えが仕事の妨げになっていたところだ。
それなら可愛い女の子たちと話していた方がずっといい。と、柊羽は2人に相席を促した。
「失礼しまーす!で?柊羽さんのダーリンは今どちらに!?」
「だっ…ぅっ、げほっ!」
「柊羽さん!もう~園子ってば!」
いや、忘れていた自分にも落ち度がある。
そういえばこの子はそういう話題が大好物だった。
かくして柊羽は、またもや安室透に思考を支配されることになったのである。
「今日は用事があるみたいで…」
「なんだぁ~残念。また今度紹介してくださいね~!」
「はは、そうさせてもらうね」
「そうだ!今度うちが持ってる鉄道会社で、謎解き列車の旅やるんです!蘭たちも誘ったんですけど、柊羽お姉様も一緒に行きませんか?なんならその彼も一緒に!」
「わぁ、楽しそうだね!彼は聞いてみないと…というかいいの?私達まで」
「人が多い方が楽しいじゃないですか!」
「ありがとう。今度聞いておくね。」
「楽しみにしてまーす!色々と!」
ムフフと笑う園子に、本当はダーリンじゃないけど…と少し申し訳ない気持ちになった。