第8章 心の在処
時を同じくして安室もまた、考えていた。
俺は、何がしたいんだ?
確かに彼女といると心安らぐのは間違いない。
自分がこんな状況でなければ、間違いなくあっという間に心惹かれていたのだろうと思う。
だが彼女も事情持ちで、自分だって恋にうつつを抜かしている場合ではないことは確かで…
それでも手放すのがどこか惜しくて、偽りの姿で交際のフリをするという、何重もの嘘の関係で彼女を繋ぎとめた。
そう思うと、自分が極悪人のように思えてきて、フッと自嘲気味に笑った。
ただ、これは自分のためだけではない。
志半ばにしてこの世を去った、旧友のため。
無論、死人に口なし。直接頼まれた訳では無いのでただ都合のいいように解釈していると言われればそれまで。
でもアイツの写真が彼女の家にあった。そして彼女は言っていた。
「自分を置いて、遠いところに行った」と。
つまり彼女はアイツの生前最後の恋人で、恐らくアイツは彼女の心の病を懸命にケアしていた。
それが今も治っていないということは、アイツも本意ではないはずだ。
警察学校卒業後は、ろくに連絡も取れず、葬式にも顔を出すことが出来なかった。
だから、せめてもの餞に自分が彼女を___そんな使命感もあった。
もしアイツが生きていたら…いや、生きていれば彼女を手放すようなことはまずしないだろうから、アイツと交信できたら…
『託すのがお前だってのが気に食わねぇが、何処の馬の骨かも分からねぇヤツよりはマシだ。頼んだぞ、降谷。』
そう、言われる気がしていた。
自分は、胸を張ってそれに頷けるのだろうか?
彼女を守りきれるのだろうか?
万が一自分と関わることで危害が及ぶようなことがあれば、切り捨てようとすら思っていた。
松田以外にも、恐らく空から見てくれているであろう旧友たちの姿を思い浮かべると、そんな逃げの選択が少し後ろめたくなった。
『お前らしくないぞ』
『ガリ勉すぎて、女関係はチキンになっちまったのか?』
『ま、無理なら頼まねぇよ』
『問題ない、だろ?ゼロ。』
ただの、自分の妄想のハズなのに。
やけにリアルに脳裏に浮かぶ彼らの姿に、肩の力が抜けた気がした。
「俺だけ置いて逝って好き勝手言いやがって…覚えてろよ?」
そう言う彼の顔は、少しスッキリしていた。