第7章 偽装工作
「あのー、安室さん」
「なんでしょう?」
「その…彼氏、って」
「あ、すみません、ご迷惑でしたか?」
「いえそんな、あの時は助かったし感謝してます。でも、もう必要ないんじゃ…?ポアロには安室さん目当ての女の子達もいるし…」
柊羽は至極真面目に述べたつもりだったが、何故か安室は笑っていた。
「どんな文句を言われるかと思ったら、そんなことを気にされていたとは。本当に貴女にはいつも驚かされますよ。それなら問題ないというか…来店していただけるのは嬉しいのですが、最近少しスキンシップが激しいことに困っていて…それが今日はぱったりと止んだんです。だから僕も助かっていますし、柊羽さんにも悪い虫がつかないでしょう?」
「なるほど、一石二鳥っていうわけですね。安室さんのお役に立てているなら、お安い御用です!」
「ありがとうございます。柊羽さんならそう言ってくれると思ってました!あ、でも、もし気になる方ができたらちゃんと言ってくださいね?」
「あーそれなら、当分は心配ないかと…お気遣いどうもです。」
「いえ!じゃあ、これからもよろしくお願いします、柊羽さん」
ちょうどその頃、車は最後の信号に差し掛かっていた。
「わぁ、やっぱり車だとあっという間ですね!今日は本当にありがとうございました。」
「昨日から気が張っていたでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」
「安室さんこそ、ですよ。今朝も早かったんだし」
「透」
「へ?」
「仮にも恋人ですから、名前で呼んでください」
「ぽ、ポアロにいる時は、そうします!」
「普段から呼んでいないと間違えそうで」
柊羽が照れ隠しにふと窓の外に目をやると、自身のアパートが見えた。安室は優しくブレーキを踏み、車はゆっくりと停止する。
柊羽は助かったとばかりに車を降り、少し腰を屈めて車内を覗き込むような体勢になった。
「おやすみなさい。と、透…さん?」
「ふふっ、まぁ及第点ですかね。ちゃんと練習しておいてくださいね?」
「れ、れ、練習なんてしません!」
「はいはい。じゃあおやすみ、柊羽」
ビックリして思わずドアを閉めると、窓越しにウィンクをしながら安室は去っていった。
こんな調子ではこの先が思いやられる…と、小さくなっていく車を眺めていた。