第7章 偽装工作
柊羽は着替えや化粧品など、必要最低限のものをボストンバッグに詰め込んだ。
こんなに心強い味方がいればそんなに長居することにはならないだろう、と踏んでいたからだ。
荷物をそばに置き、玄関で靴を履いていると横からスっと手が伸び荷物を奪われた。
そのまま安室は器用に靴を履き、玄関の鍵を開ける。
「あ、ちょ、ちょっと!荷物!」
柊羽は靴を履き終えると荷物を取り戻そうと試みるが、ひょいとかわされた。
「甘えて、くれるんでしょう?」
思いもよらぬ優しい眼差しと言葉に、柊羽は固まった。
「さ、行きましょう。」
「は、はい。…行ってきます。」
柊羽はいつものように、写真に手を合わせてそう告げた。
「柊羽さんにこんなに思われて、写真の彼は幸せ者ですね。」
ポアロへの道すがら、安室はふとこんなことを呟いた。
「そうですか?きっと、天国で若い女の子口説いてますよ。」
言葉とは裏腹に、柊羽の表情は優しかった。
安室は何も言わなかったが、そんな旧友の姿が容易に思い出せたことが可笑しくて、口元に笑みを浮かべて天を仰いだ。
(でも、本命には一途だったよな…)
「彼のこと、口にしたら余計苦しいと思ってたけど、なんだかちょっと楽になった気がします。笑って話せるなんて思ってなかったなぁ。」
「ちゃんと、進めてますね。」
「…!はい、きっと安室さんのおかげです。」
「僕は何も。柊羽さんの力ですよ。」
「もう、感謝されててくださいよ!」
「出ましたね、柊羽さんの頑固」
そう言って、笑い合った。
その頃、先に出勤していた梓のいるポアロでは大変な騒ぎになっていたことを、まだ2人は知らない。