第15章 純黒への序章
あれからというもの、しばらく平穏な日々が続いていた。
相変わらず柊羽の記憶は戻らないままであったが、仕事のペースも元通りになり人間関係も以前と同じように接することができるようになっていた。
なので少し前からポアロで作業をするようになった。
この日も例外ではなく、柊羽はカウンターに座り一息ついていた。
「はぁ~。この時間最高!」
「柊羽姉ちゃんなんかオヤジくさいよ…」
「コナンくん!柊羽さんになんてこと…!」
「はははっ」
「あ、安室さんが声出して笑った…!」
今日もポアロは平和です。と、思いきや…
コナンが急に切り出した。
「ねぇねぇ梓さん、あの人よく来るの?」
そう言ってコナンが指さしたのは、いかにも、な雰囲気を醸し出す男。
「えぇ?どうだったかなぁ…」
「あの人がどうかしたのかい?」
「わざわざモーニングの時間にハムサンドを頼むなんて変わってるな~って思って」
「たしかに…」
コナンが少年っぽくそう言うと、梓は顎に指を当てて考える素振りをして見せた。
「まあ、透さんのハムサンド美味しいから!食べたくなるのも分かるなぁ~」
人を疑う心を忘れた柊羽は、呑気に珈琲を味わっている。
コナンは僅かながらにその言葉に頬を赤らめる安室を見逃さなかった。
(柊羽のやつ…天然タラシになってやがる…)
今は平穏な日常を壊さぬよう、自分が新一だと告げていない。
コナンだとこういう時に気をつけろと言えないのはもどかしい気分だった。
「柊羽さん、最近体調はどうです?」
「んーそれがビックリするくらい普通で。皆が優しいから、忘れてることもあんまり気にならなくなってきちゃって…」
「それでいいんですよ。それなら思い出せるまで時間はかからなさそう…ですね。」
「ですか…?」
柊羽は何故だか安室が思い出すことをあまり喜んでないように見えて少し心がモヤッとしたが、今度2人の時にでも聞いてみようと、今日のところは珈琲と一緒に流し込んだ。