第14章 緋色の真実
この日、仕事についてハイスピードで詰め込んだ柊羽。
少し疲れたなと早めに休もうと寝支度をしていたところに、インターホンが鳴り響いた。
ピンポーン
重い腰を上げて応答する。
「はい?」
『遅くにすまない…僕だ。』
「(この声…)と、透さん?」
それを肯定する声を聞いてから、玄関を開けた。
瞬間、また目にも止まらぬ速さで室内に侵入され、すっぽりと腕の中に収められてしまう。
「もう僕の声を覚えてくれたんだな」
「え?はい…っていうか!毎回毎回この登場は心臓に悪いのでやめてください…!」
「ははっ、すまない。柊羽の驚く顔が好きなんだ」
安室は、自分の指摘に当然だとでも言いたげな柊羽の反応に気を良くしていた。
勢いでまた抱きしめてしまったが、柊羽から漂うシャンプーの香りに思わず理性がくらりと飛びそうになる。
「もう寝るところだったか?」
「え…あ!パジャマ!!」
今まで自分の格好を忘れていたらしい柊羽が突然距離を取って顔を赤らめアタフタする様子は、なんとも形容しがたい可愛らしさだった。
「というか、何かあったんですか?」
「ん?」
「突然来るなんて…」
「あぁ…ちょっとな。でもそんなのは口実で…」
先程離された距離を、安室はまたぐっと縮めた。
そして真っ直ぐと柊羽を見つめ、髪をひと房掬いあげ。
「柊羽に、会いたかった」
自分でも、狡いと思う。
記憶がなくなった途端こんなにも甘い言葉を囁くなど。
あの日、柊羽の気持ちに応えられなかった後悔もあれば、記憶がない間に誰かに奪われないようにという牽制の気持ちもある。
「ヘンな…透さん」
「酷い言われようだな」
柊羽は単に恥ずかしさを誤魔化すために放っただけであったが、まるでそんな言動はいつもの安室らしくないと気付いているかのようで。
だが実のところ、あれから会うのはまだ2回目だというのにそんな気がしないのも本当で。
それは以前の自分がちゃんと存在していた証のような気がして、柊羽はホッとしていた。
「珈琲でも飲みます?」
「悪い、すぐに帰るつもりだったけど…じゃあ1杯だけ」
安室は素直に柊羽の言葉に甘え、2人は僅かながらも穏やかなひと時を過ごしたのだった。