第3章 縮む距離
あの日以来、柊羽は以前のようにポアロに通う日々が続いていた。
もちろん仕事のためだが、一息つく時には梓や安室が話し相手になってくれて毎日があっという間に過ぎていた。
そんな中で、分かったことがある。
(安室さんは、きっと、いや確実に______
__________モテる!!)
というのも、たったの数日で柊羽の嗜好を理解してその日の注文を言い当てるし、コーヒーもその日によって微妙に風味が変わっていて、美味しい。そんな陳腐な言葉でしか表現出来ないのが悔やまれるくらいである。もし、それを常連全員にしているのであれば…と考えると恐ろしい。
初めは、ポアロに男性店員が増えたので仕事場を変えようかとも考えていた柊羽だったが、安室はそんな思いを知ってか知らずが、あくまでも"店員"として、とても良い距離感を保ってくれているため怖くないし、何より…ご飯やコーヒーが好みすぎて、離れられずに終わった。心なしか仕事も前より捗っている気すらする。
(…何者なんだ本当)
こんなパーフェクトヒューマンが彼氏だったら、彼女は幸せなのかな?それとも完璧すぎて負い目感じるかも、といるかも分からない彼女に対して余計な心配をしていたら、自然とこんな質問をしていた。
「安室さんて、彼女いるんですか?」
彼は、少し驚いた様子だった。
「随分と突然ですね」
「すみません、考え事してるとつい口に出ちゃって」
「それは僕の事を考えてくれていたってことですよね?ふふっ、前向きに捉えておきます」
「是非そうしてください」
「ちなみにさっきの質問ですが、いませんよ。立候補してくれますか?」
「考えておきます」
もちろん、考えるまでもないし、彼もそれを分かって言っている。
でも柊羽はこんなくだらない上っ面の、取り繕った言葉だらけのやりとりが案外気に入っていた。
損得も、体裁も気にしない、ことば遊び。
安室の心を読むのはなかなか難しいが、嫌な気はしていないだろうと柊羽は感じていた。