第13章 ソー&スティーブ(MCU/EG if)
(2)
ソーが俺を抱き締めた瞬間に強烈な酒の匂いが自分を包み込んだ。ついでに予期しない弾力にも。引き締まっていた筋肉はむっちりとした脂肪へと形を変えていた。綺麗に切り込まれていた髪型もまた以前の……いや、以前よりも更に水分が抜けて密度の増したロングヘアになっている。首筋に当たる毛先が擽ったくて身を攀じると、情けない声で紡がれる俺の名を何度も耳に吹き込まれた。まるで子供が母親から離れたくない一心で愚図るような、そんな甘えた声にも聞こえる。
「ソー……?」
「レイン、レイン……!」
「だ、大丈夫だ。俺はここにいるから、な?」
「ああ……っああ、レインがここにいる……っ」
俺より遥かに背が高かった筈なのに、丸まった四肢や姿勢のせいで小さく感じられる。体躯そのものは以前の倍以上だからややこしいが、簡潔にいえば情けない風体だった。
だからといって幻滅するだとかそういった気持ちにはならない。見た目はどうであれ俺には分かる。俺の中の『ウル』が分かっている。彼の中で眠り続けている選ばれし高潔な魂が未だ俺を惹き付けて止まないからだ。
酩酊こそ避けられているけれど、こんな風にずっと密着していると次第に意識が遠くなってきて気分がとろとろと蕩けていく。脂肪が付いてしまった肩周りも髭のせいで皮膚の面積が少なくなった顔も飛び出した腹も、全てが愛しい。可愛くすらある。こんなことを言ったら怒られるかもしれないけれど。
きっとハルクはそこを気にして忠告したに違いない。昔からソーは俺に構っていたから。見た目が変化したソーを見て俺が態度を変えてしまうことを危惧したのだろう。でも大丈夫、俺は今でも彼に惹かれている。
「ソー、顔を見せてくれ」
「あ、ああ」
髪と髭を掻き分けて顔を覗き込む。頬に手を添えると巨体は肩を揺らしたが、微笑んでみせると安心したように眉根を下げて口角を震わせた。なんだか子犬みたいだ。いつも不安そうに瞳を揺らしている。ムジョルニアを持ち上げてしまったあの日に見た、全てを見通すような力強い瞳は海底の底に沈んでいたけれど、浮き上がる力さえ吹き込んであげればいつかは必ず帰ってくる筈だとそう思えた。
「大丈夫。俺が傍に居る。支えてやる」
間近でそう囁くとソーが嬉しそうにはにかむから、愛しいと思う気持ちがつい先走って彼の口元に唇を寄せてしまった。
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