第10章 スティーブ&トニー(MCU/二次創作)
(3)
へそが曲がった自覚がある。今なら何に対しても怒りを覚えそうだ。先だって何故ローディに頭を引っ叩かれたのが俺だったのかと考えだしたら怒りが収まらなくなってしまった。全てトニーのせいなのに!
大人であれ大人であれと思うのに、屈辱的で破壊的な衝動が大渦になって心を束縛していく。とうとう我慢できなくなって休憩室を飛び出した俺はひたすらヘリキャリアの中を歩き回っていたが、すれ違う職員に挨拶をされても頭に血が上っていたお陰でまともな返事が出来なかった。幸いみんな不思議そうに首を傾げるきりで無愛想な俺に不愉快そうな表情をすることはなかったけれど……もし苦情が上がったら全てトニー・スタークへ回してやる。覚悟しろ。
「……戻るか」
頭を冷やすつもりで自分にあてがわれた個別の部屋へ向かう途中、メディカル・ベイの前を通る。骨組み以外がガラス張りの設備は中が容易に窺えた。病人や怪我人を収容する場所だからあまりじろじろ見るものではないのだが、フィルが一度ここに入った時から一瞥する癖がついてしまった。
「ん?」
中程に位置するベッドにスティーブが居た。横にはなっていなかったが、ベッドに腰掛けて手元をじっと見詰めている。指の間から長い糸のようなものが垂れているのを見留めて「嗚呼、鎖か」と理解した。あれは彼の愛用のロケットだ。俺は終ぞあれがロケットではなくコンパスだと知らずにいたが、一度も至近距離で見せてもらった事がないから仕方が無いと思う。
「……」
切なそうに眉宇に皺を刻み込み長くしなやかな睫毛を震わせて細く息を吐く姿を見てしまうと、彼の思慮深い愛情は掌中で大切に守られている想い人に全て注がれているのだと嫌でも思い知らされる。
……――二次創作なんて所詮は空想に過ぎない。現実は『こう』なのだ。他人が俺達の両想いを切望しても、彼には心から愛しいと思う者が、幸福を願って思いを馳せる者が既に居て、俺の付け入る隙なんて少しもないのだから。
(……)
形の綺麗な唇が何かを呟いて、そっとロケットに落ちる。今にも泣き出してしまいそうな表情は薄らと朱たらしめているとはいえ余り良い状態とは言えない。彼もまた秘めたる存在に成就する筈がないと感じる恋をするような立場なのだろうか。スティーブほど完成された男に気持ちを伝えて貰えたらどんな人間だって靡くに決まっているのに。
(臆病だな、お前も……俺も)
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