第8章 クリント・バートン(MCU/人工知能)
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「悪いな、クリント。茶番に付き合わせた」
歩調を合わせて隣を歩くクリントを仰ぎ見ると、最初こそ俺の零した謝罪に虚を突かれた表情をしていたが、次の瞬間には盛大に失笑し、上着のポケットへ突っ込んでいた手を俺の頭へ伸ばして乱暴に撫で回してきた。髪の毛があちこちに跳ね上がって鳥の巣を被っているよう。慌てて整えれば今度は梳くように優しく撫でられる。
「いい気分転換になった。悪くない休日だったな」
「えっ」
はたして俺の聞き間違いでなければ、彼はいま『休日』と言っただろうか。「残務処理に追われていると言ってたじゃないか」と震える声を必死に押し留めながら投げ掛ければ「それは昨日までの俺。そして明日からの俺だ」と向日性のある切り返しをされて今にも叫び出しそうな衝動に襲われてしまった。なんて事だ!
「いよいよもって済まないことをした、休みなら最初からそうだと言ってくれたらよかったのに!」
「今まで二人きりで休日を過ごした事なんかなかったろ。キャプテンが悔しがるぞ。レインの一日を独り占めできた」
「クリント……」
「途中で邪魔が入ったけどな」と、戸惑って恐縮する俺に向かって屈託なく笑い掛けてウインクを飛ばすから、あまりの熱量の不一致に肩空かしを食らった気分になる。
いつも彼には驚かされてばかりだ。エージェントである以上は如何なる冷酷な判断でさえも常に迫られている立場にあるわけだが、時折、人間性が欠落したのではないかと心配になるほど険しい表情でいる時がある。
だが、公私混同はしない主義なのだろう、プライベートでその表情は一切見せてこなかった。今もそうだ。絶対に俺を責めずに慰めて笑って許す寛大さに触れて、やはり胸がくすぐったくなってしょうがなくなった。
終わり?