第22章 コリン・シー(Wyn)
俺が一人で慌てふためいていると、それまでニコニコしていた住人の彼がふと表情を殺した。これは怪しまれたかもしれないと冷や汗が止まらない背中を庇うように向き合う。こうなったら聞くだけ聞いて訝しがられたらその時点で帰ろう。不本意だけど変質者の汚名を被れば堂々とこの場から逃げ出せる。アリーには後日カフェでランチをご馳走すれば許してくれるさ。
「あ、あの!」
「……」
「ダーリングさんは、何号室にお住まいですか!」
言ったぞ、言ってやった。さあこれで全裸の男が怒ったり追い返してくれれば帰れる。鞄を胸に抱いて今にも逃げ出せるように逃走経路を頭に思い描く。螺旋階段を降りてアパートから出たら右に曲がってベーカリーショップ前のトラフィックライトを左手に渡り、道向かいでタクシーを拾う……よし完璧だ。しかし脳内の俺はとっくに逃げ出せているのにおかしいな現実の俺はちっとも逃げ出せない。
(3)
「アリーなら」
「!」
ビクビク怯える人間と全裸男という謎の構図でしばらく睨み合いが続いていたけれど、口火を切ったのは彼の方だった。思っていたより彼の声が大きかったせいか無駄に肩が跳ねて恥ずかしい。でも、りんごの果汁がたらたらと垂れて官能的とすら表現できるような形の良い唇が紡いだ名前が彼女のものだったから、勇気を振り絞って食い付いていく。
「アリー……?」
「うん、アリーなら中にいるよ」
中とは。まさかその身体が塞ぐ扉の中とは言わないよね。朝っぱらから全裸の男が部屋から出てくるのに、アリー本人が裸じゃないわけがない。つまり『そんな時』に俺は居合わせてしまっているってことだろうか。昨日の電話の感じじゃあ一人で俺と会う雰囲気だったのに、まさか彼氏同伴とは思わなかった。
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