第21章 ルーカス・リー(SPvsW/最終話)
「……えーと、じゃあ……」
背後のルーカスにも騒音の渦中にいたスコットにも丸聞こえだったという事は。駄々を捏ねた子供みたいに顔中にキスを落としたがるルーカスと全力拒否したい俺とで水面下の攻防を繰り広げながら改めてトッドへ視線を配ると、ベースから完全に手を離して肩から吊るしているだけの茫然自失な彼と目が合った。
……あの放心ぶりは聞こえたな。俺の「赤ちゃんを産みたい」発言ばっちり聞こえてたな。ライトみたいに目も光ってないし髪も逆立っていないから、心ここに在らずなお陰で今はエスパーの力を発動していないように見える。
「……スコット、今がチャンスなんじゃないの……」
「そうだね、レインの言う通りだ。ありがとう!」
真っ白に燃え尽きた頭で先ず考えたのは『今の台詞でもう逃げられないんだろうな』という諦観だった。最低な脅し文句のせいもあり、プライドを切り捨てて恥ずかしい台詞を言ってやったんだから本当に感謝してくれ。抱き潰さんばかりに構い倒してくる暑苦しい男を宥めるために俺はもう一回同じ台詞を言わないといけないんだから、そのカロリー消費分も後々謝礼として返してもらうから覚悟しておけよ。
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「何度も言ってるだろうが。『善良な今カレ軍団』のトップは俺だ」とか「初めにお前とベイビーの話をするのも俺だ」とか、好き勝手に俺様理論を掲げているルーカスへ「ほんとはルーカスの赤ちゃんを産みたいって意味だったんだよ」という、元を辿れば真実だけど捉え方によっては全く意味を変える都合の良い台詞……俺には都合が悪い台詞に他ならないけど、そんな馬鹿みたいな甘言を憤死しかけてる彼の内耳に優しく吹き込めば「なら良い」と快く納得した。なにが『なら良い』だ。掌くるくる回しやがって。
べそべそ泣き続けて疲れきった俺は酔いも回っていい加減に限界だったのか、そのままルーカスに抱き締められながら昏倒したらしくて次に目覚めた時にはきっちりと自宅のベッドの中だった。送り届けてくれるなんて意外とルーカスは紳士だなと見直したのも束の間、部屋に唯一据え置かれていたダイニングテーブルの上に『この部屋の合鍵は貰ったぜ、愛しいマイダーリン』のメッセージカードを見つけたことで、俺は悪態の限りを咆哮に混ぜ込みながら忌まわしいカードを細かく破って捨てたのだった。
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