第21章 ルーカス・リー(SPvsW/最終話)
「……あ」
……――そうだ、俺には身近に見本が居た。ウォレスだ。ゲイの彼がいる。好みの同性を見た時に何を抱くのか、何を欲するのか、彼は明確に俺の前で唱えていたじゃないか。でも言わないといけないのか。俺がそれを。その言葉を!
葛藤の末にべそべそし始めた俺に、スコットが催促の台詞を叫びながら身悶える。今にも体幹を崩して吹き飛んでいきそうなくらい足元がふらついているから限界が近いんだろうけど、俺だってゲイの世界へ足を踏み入れるか否かの瀬戸際なんだからな。いくら『想う』だけだって第三者のトッドへ明け透けで蠱惑的な台詞を向けないといけない異性愛者の苦悩くらいわかるだろ!
「早く考えろよっレインッ! でないと屈強な男達を君の自宅へ送り込んでいかがわしいホームビデオを撮影した後にそれをマニアへ売り渡したっていいんだぞっ!」
「最低だっド畜生スコットめっトッドの赤ちゃんを産みたいですっ!」
(9)
ビシャンッと水が撒き散らされる音に振り返ると氷嚢を床に叩き付けたのか、足元に氷水の小さな水溜まりを作ったルーカスが仁王立ちして肩と表情を強ばらせていた。次の瞬間には大股で近寄ってきて俺を正面からキツく抱き締める。彼の豊満なチェストに鼻先が押し付けられて苦しさに呻いてしまうほど、項から後頭部にかけてを頼り甲斐のある手でしっかり抱き寄せられていた。
「んむ"っ、んぎっ」
「リトルキャット」
俺が浅くなる呼吸にむずがるとルーカスは項をなぞる仕草から髪を梳く仕草に変えてくれた。拘束が緩まった事で自由になった首を振って酸素を取り込む為にぷはっと上を向くと、タイミングを見計らったかのように顔を寄せられて、眉間へ唇を密着させてきた。ちゅう、とリップノイズが鳴る。
「ひえっ、なにっ」
「誰のベイビーを産みてぇだと?」
「えっ」
おかしいな、トッドへ念じた言葉のはずなのになんでルーカスがそれを知ってるんだ。まさかお前もエスパーなのか……きっと俺はそんな風に分かりやすい表情で怒る狂犬を見上げていたのだろう、未だ頭痛が酷いのか表情を曇らせていたスコットに「くちに出てたよ」と指摘されて冷や汗がどっと溢れた。
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