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星条旗のショアライン

第2章 スティーブ・ロジャース(MCU/As後)



世間は狭いと言うけれど町中を歩いていると実感する。秩序的な動きをする乗り物が左右に走り抜けていくのをショーウィンドウ越しに眺めていたら、大通りの向こう側に見知った人物を見付けてギクリとした。
「フィル……?」
慌てて振り返るが、バスや自家用車で溢れ返った景色の中から咄嗟に彼を見つけ出す事は出来ない。低頭しながら多様な色の波を掻き分けて進み、車道に踊り出てまで向こう側を覗き込むのに、やはり彼を探し当てる事は叶わなかった。
(……フィル)
――フィル・コールソン。俺がこの時代で目を覚ました時に初めて対面した男だった。ヒドラの度重なる洗脳の結果、言語中枢に障害が出ていた俺に新しい言葉や表現をくれたS.H.I.E.L.D.の捜査官だ。
彼は少しだけ父に似ていた。徴兵されて命を落とした父に。温厚で少し場外れな事を言う気質の癖に仕事に向き合う姿は凛としていて冷静で。そんな格好良かった姿に憧れていた。迷惑だと分かっていながら、彼が教えてくれる言語や文化を吸収するだけの無垢な時期には彼を父のように慕った。言葉が流暢に舌を回した時に褒めてくれたことも、皆には内緒なんだが、と言って現代の甘い菓子をこっそり食べさせてくれたことも、俺の大切な記憶で思い出だった。ロキが彼を殺すまでは。
(……俺は、馬鹿だな、フィルは死んだ。もう居ない)
今にも淀んだ雲が大粒の雨を降らせようかという様相の中、クラクションのシャワーを痛いくらいに浴びてハッとするまで暫くその場に立ち竦んでいた。

(2)

「待たせた」
「おやおや随分濡れたな」
「遅くなってしまった。食材は無事だ。ほら」
トニー発案で催される気紛れなパーティーはその大小に関わらず盛大だ。酒がたくさん入った棚から瓶が削り取られるように減っていく様を何度も見ている。そうやって参加メンバーの殆どが酒中心でいると必然的に食料が底を尽くから、酔う心配がない超人が買い出しに出るという回りだった。
外出は苦じゃない。摩天楼を見上げて、小さな空が洞々しながら星を隠している景色も、星々が降り注いだみたいに煌びやかな街の灯りを見回しながら歩くのも楽しいから。変装さえしっかりしていれば誰も俺を俺とは思わない。九十五歳間近なじいさんでも、スーパーソルジャーでも、アベンジャーズでもない、レイン・フリーマンとして一時を過ごせる時間でもあったからだ。

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