第15章 生命を司る樹
「あの子を本当に大切だと思っているなら、此処は脱出するしか無いわ」
「でも! 彼女は折角光の世界に出られて、やっと……!」
「これ以上に白鯨を止める善い案が有る?」
鏡花ちゃんもわたしと同じなのだ。自分の命を懸けて皆を守りたい。その気持ちは痛い程判る。だからこそ、此処で敦くんまで死なせる訳には行かなかった。
「……判りました」
敦くんが項垂れながらそう云った。ほうっと息を吐くと、痺れを切らしたのか龍が物凄い形相で駆け付けた。
「何をしている貴様ら! 早く脱出しないと死ぬぞ」
「芥川……」
敦くんが呆然と呟く。わたしは龍の方を振り向かずに笑った。
「迎え来てくれて有難う、龍。わたしも行きたいのは山々なんだけど」
「……貴様、真逆……」
云うなり龍はわたしの足元を見た。青白い端正な顔が苦々しく歪む。そう、わたしの足は何時の間にか根っこのような形になっていたのだ。此のままだと遅かれ早かれ樹になるだろう。
へへ、と笑うと龍は大きな舌打ちを噛まし、羅生門をわたしの身体に巻き付けた。
「このまま運ぶ。異存は無いな」
「ん、有難う」
わたしは羅生門に引っ張られ、敦くんと龍と三人で脱出口まで向かった。
非常口にはハーマンさんがパラシュートの準備をして待っており、後は敦くんと龍が着けるだけだった。
「おい、飛び降りるぞ」
「何時でもどうぞ」
わたしが答えた瞬間、龍はバッと白鯨から飛び降りた。直ぐにパラシュートが開き、下降速度が緩やかになる。続けざまに敦くんとハーマンさんも降り、これで全員脱出した事になる。
「……あの人は?」
「組合の長なら僕達が倒した後、機体から落ちた。後の事は知らぬ」
「そう……」
少ししか会っていないが、あの人の生命力は強そうだし、何だかんだ生きていそうな気がする。
ふと白鯨を振り返る。其れは丁度、鏡花ちゃんの乗った無人機が体当たりをする所だった。白鯨の燃料と無人機の燃料、そしてわたしの持ち込んだ爆弾。三つがお互いに引火して大爆発が起きた。
白鯨からかなり離れた所にいるわたし達ですら耳を塞ぎたくなる程の轟音だった。
無人機と白鯨はぐしゃぐしゃになりながら海に落ちた。横浜に被害が出ない、丁度の地点へ。
それと同時に、わたし達のパラシュートも地上へと降りた。
鏡花ちゃんの姿は何処にも見えなかった。