第3章 〜失われた光〜
一方、戦勝の宴に酔いしれる今川軍
連日連夜、馬鹿騒ぎを続けていた。
桜奈の身に起こったことに
思いを馳せると、押し寄せる不安。
後から後から湧いてくる、ドス黒い憎悪の
感情を抑え込むだけで、精一杯の竹千代。
しかし、人質の身なれば、礼儀上
義元に、戦勝の祝いの挨拶を
しなければならなかった。
義元に元に向かい、歯を食い縛り
ながら深々と頭を下げ
『この度は、御戦勝、おめでとう
ございます』と何の感情もこもらない
声で、淡々と祝辞を述べた。
『うむ、大義であった』
酒が入り、上機嫌な義元。
同じ空気を一息たりとも
吸いたくない、嘔吐くような
気分の悪さに、足早に立ち去ろうとした時
あの、謀りごとの密談をしていた
家老に声をかけられた。
家老は
『竹千代殿、いやー悪かったのう
許婚の姫だけでも、救えたら良かったが
誤って城ごと燃やしてしもうたわ・・・
クックック・・・うわはっはっは、愉快!愉快!』
それを聞いた竹千代は
全身の血が逆流する程の
怒りを感じ、殺気のこもった
目でギロリと家老を睨んだ。
その凄まじい殺気に、酔っていた家老も
一瞬、たじろいだが
すぐさま『貴様、何だ、その目は!!』
と殴りかかろとした。
しかし、他の家臣に祝いの席での
流血沙汰はご法度と止められ
その隙に竹千代は、
『失礼します』と一礼し、その場を後にした。
自室へと戻る廊下は、何故か
歪んで見え、途方もないほど長く感じた。
(・・桜奈・・が、死んだ?)
(・・桜奈が?)
次々と走馬灯の様に浮かんでは
消えて行く桜奈の姿。
(竹千代様!はやく!)
(うふふ、竹千代様)
(ぶぅ、竹千代様の意地悪)
(竹千代様!竹千代様!)
やっとの思いで自室に戻り
襖をピシャリと締めると
そのまま襖にもたれるように
ズルズルと崩れ落ち、うずくまった。
そして、髪を掻き毟り声を殺して
泣きじゃくった。
『うっっ、うっ』嗚咽の音だけが
真っ暗な部屋に響いた。
(桜奈!ごめん!守ってあげられ
なかった!・・桜奈・・)
竹千代の心もまた桜奈同様
粉々に砕け散ったのだった。
やがて泣き疲れ、力無く横たわる
竹千代の翡翠色の瞳から
光がすっと消えていった。