第10章 サクラ咲け【M×O】
それは、息をするのも忘れそうな風景だった。
数日前に、桜の開花宣言をテレビで聞いた、3月の夕暮れ時。
桜並木の土手に、その人は座っていた。
そのすべてが絵画のように、俺の心に
強い衝撃を与えた。
「大野先生…」
画の中のその人に、俺は静かに声を掛けた。
「ああ…松本…くんだったよね…」
振りむいて俺の名を呼び、
にっこり笑った先生は、
夕暮れの光と桜の花びらの中で、
今にも消えてしまうんじゃないかと
錯覚するほど、美しくて、儚げだった。
俺は高校3年生になろうとしていた。
俗にいう進学校に通っていて、
いよいよ4月からは受験生…
でも、見えない将来に期待できず、
やりたいことも見つからず、
当然やる気が起きるはずもなく、
中途半端な毎日を過ごしていた。
惰性でそのまま、
中学から通っている塾にも行っていた。
その塾に、去年から講師として来たのが
大野先生だった。
有名国立大学在学中の先生は、
主に高3クラスの担当なので、
俺は殆ど話したことがなかった。