第6章 原作編《期末試験》
紫沫SIDE
あの後、他愛もない会話をしている中で「轟君のお母さん」と言うのが言いにくいんじゃないかと言われて、最終的に「冷さん」って呼ばせてもらうことになった。
お昼頃になってそろそろお暇しようとすると、轟君にお昼を食べに行こうと言われて断る理由もなかったからそうすることにした。
冷さんとお別れをする際に「また来てね」と言ってもらったから、「また焦凍君と会いに来ます」と返して病室を後にする。
「轟君、お昼何食べる?」
「名前…」
「え?」
「さっきは下の方で呼んでたよな?」
「あ、それは冷さんの前で轟君は変かなって思って」
「俺の前でもそうしてくれ」
「えっと、それは…」
「昔はそう呼んでただろ」
「そうだけど…」
「それに…」
そこで一旦言葉が途切れたかと思うと轟君の顔が耳元に近付いてきて、周りに聞こえないように小声で囁かれた。
「シてる時、何度もそう呼んでただろ」
「っ!?」
その言葉に驚きと恥ずかしさで一気に顔が火照ってしまう。
あの時は殆ど無意識に呼んでいたというか、そんなことを意識できる状態じゃなかったから何を言っていたかなんてあまり覚えていない。
それに、こんなところでその時のことを思い出させるなんて意地悪だ。
「次から苗字で呼んだらキスしてもらうぞ」
「な!?どうしていきなり!?」
「いきなりじゃねぇ。ずっと思ってた」
「轟君、そんなこと一言も…」
「キス」
「え?…あっ!今のなし!」
「それだといつまで経っても変わらねぇだろ」
「ゔぅ…」
何を言っても受け付けてもらえそうにないし、また苗字呼びをしてしまいそうで何も言えなくなる。
それに病院を出てすぐだから、俗に言う公衆の面前でキスなんて出来るわけもなくて、私は顔を俯かせた。
「そんなに嫌か?」
轟君は意地悪をしたいわけじゃなくて純粋にそう呼んで欲しかっただけなんだ。
だからなのか声がとても悲しそうに聞こえて、その声に弱い私はお手上げ状態だった。
「…嫌じゃないよ。ちょっと…恥ずかしかっただけ」
「なら、昔みてぇに呼んでくれるか?」
「…うん……焦凍君」
「紫沫…」
ああ、もう、次はそんな甘い声で呼ばないで欲しい。
だって、それは、私達にとっては合図。
私はここがどこかも忘れて、初めて自ら唇を重ねたのだった。
.