第8章 Vino bianco【アバッキオ】
「結構頑張ってるつもりなんだけどな、これでも。やっぱり彼…私なんかには興味ないのかしら」
そう言う声が少し震えている。
そして、情けねえ事にオレはそれに動揺しているらしい。情緒不安定はお互い様か。
態度に出さないように、話の方向転換を図る。
「んな事オレに分かるワケねえだろ。…大体、ブチャラティの何がそんなに良いんだよ」
「何って…そりゃ、ブチャラティは私を助けてくれた恩人で…今でもいつだって気にかけてくれて、優しくて。任務でも──ううん、人生ごと、私どれだけ救われてるか。
それに街の人達からも慕われてて、実力で上からの信頼も勝ち取ってる。本当に尊敬してるのよ」
やだ、恥ずかしくなってきた、と頬を染めるチヒロの様子に、この話題の選択が最悪だったと後悔した。
ああくそ、分かってる、分かってんだよ、んな事は。
オレだってブチャラティに救われてこの組織に入った人間だ。チヒロがアイツを慕う気持ちは痛いほど分かる。
アイツがどれだけ良いヤツで、凄えヤツなのか、身に染みて理解している。
分かってしまうから、納得するしかねえんだ。
納得するしかねえのに、この感情のやり場はどこにも見当たらない。
こんなにもブチャラティへの想いを語るコイツを目の当たりにしながら、それでもいつか、と甘い希望を捨てきれずにいる。
「ねぇアバッキオ、いつも……ありがとうね。ふふ、なんかアバッキオには、他の皆には言えないような事まで話せちゃうのよ」
「そーかよ」
「ああ、アバッキオが本当に私のお兄さんだったらなぁ。きっと毎日楽しいに決まってるわ」
「いらねえよ、オメーみてーな妹なんざ」
妹、だなんて1度も思った事は無い。
お前の事は。
あー、ヒドい、と笑って小さく欠伸をしたチヒロがソファの背もたれに沈んだ。
さっきからウトウトしていたが、とうとう限界が来たらしい。穏やかな寝息が聞こえてくる。
オレの隣なら"安心"して眠れるってわけかよ。
…ブチャラティは良いヤツだよな。
だが、
オレなら、お前にあんな顔はさせねえし、
オレなら、誰よりお前の気持ちを分かってやれるのに。
「なあ、」
─────オレにしとけよ、チヒロ。
どうしても言えない言葉を、喉の奥へ。
酒と一緒に押し流した。
END