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きつねづき ~番外編~

第5章 きっかけ


最近、急に現れた女が居た。

女は御館様に気に入られ、武将達をも魅了し、安土城に住み着いた。

あまつさえ世話役の仕事を賜り内部に入り込む。

中々の手腕だ。

と、言いたい所だったのだが。

女はコロコロと表情を変え、自分の感情を素直に表に出す、自分とは真逆の人間のようだった。

何故そのような事が出来る?
この乱世で。

不思議でしょうがなかった。

からかえば素直に驚き、真っ赤になって怒る。

良い反応だ。苛めがいがある。

いつしか女が世話役の仕事で訪れるその時を心待ちにしていた。

癒しの時。

ただ、太陽のような笑顔は眩しすぎた。

もし、手を出したら。

お前が闇にのまれるか
俺が光に包まれ消えてしまうか

いや……

女を慕う男はごまんと居るだろう。お前が誰を選ぼうが、俺には関係の無い話だ。

既に惹かれている心に気づかぬよう、蓋をする。


ある時、女を花札に誘った。深い意味などなかった。ただその時はたまたま暇だった。そのはずだった。

遅くなったため夕餉に誘い、後で城まで送るつもりだったのに。

女は夕餉を食べて暫く話をした後、ウトウトと船を漕ぐ。

慣れない環境で疲れているのだろう。

だが、この無防備さは何なんだ。

ふと悪戯心が首をもたげる。

口づけようかと顔を近づけて、止めた。

その時、無造作に置かれた赤い紐が目の端に映った。

紐を手に取ると、そっと女の手首に巻き付けていく。

目が醒めた時、お前はどのような反応をするのだろう?
今から楽しみだ。

暫く顔を見つめた後、髪を掬いそっと口づける。

女は起きない。

ため息をついて顔をあげると、格子窓から月が見えた。

月は人を狂わせる、な。

特に、今日のような満月の夜には……

女の後ろに回り、そっと抱きしめた。

温かい。人のぬくもり。

ずっと恋しかった気がする。

それは人恋しさか、それとも女への想いか。

止められなく、なりそうだ

男は抱きしめる手に力を込めた。


――この後の事は、男と女、そして月だけが知ることとなる。


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