第7章 ✼月見草✼
「謙信様の記憶が無い……?」
謙信様が目覚めた翌日、芝姫様が自分の領地に戻っている日を見計らって、私は城の者全員を広間に集めた。
自分一人では動くことも出来ない私を信玄様は何も言わずここまで連れてきてくれた。
理由は、謙信様の記憶喪失を伝えるため。
「俺の事は覚えていたみたいだから、多分俺と出会ってから結さんと出会う間のどこかから記憶が無いんだと思う」
佐助君の説明を聞きながら、皆はどこかばつの悪そうな顔をしていた。
「失礼ですが結様。では謙信様は結の事も……」
女中さんの一人が恐る恐る尋ねる。
私は何も言わなかった。沈黙が答えだった。
「今日はその話をするために集まってもらったんです」
その場にいる全員の視線を集めながら、私はできるだけ冷静に言葉を放った。
「私が謙信様の恋仲だということは黙っていてもらえませんか」
「は……?!お前なんで……」
幸村の声が耳に届く。
それだけじゃない。静まり返っていた広間は、どよめきと戸惑いに溢れていた。
「何故ですか?!結様は謙信様を愛しておられらるのではないのですか……!」
声を荒らげて立ち上がったのは、甘粕景持。
初めて話をした時からも、よく声を掛けてくれていた。
「やめろ!結様に無礼であろう!」
「私は大丈夫です」
「気持ちは分かるが静かにしてくれ」
ザワつく広間を静めてから、私の体を支える信玄様が問いかける。
「さて、結。理由を聞いても?」
「はい……」
信玄様に促されるようにして、私はぽつりぽつりと理由を話し始めた。
「謙信様は何かを思い出そうとすると頭を抑えて苦しみ出してしまうんです。だから今の謙信様に無理はさせたくない……」
まだ痛む傷口を少し抑えながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「私は謙信様の記憶がなくとも、ただ傍に居たいんです。きっと思い出してくれるその日まで、何日でも何年でも待ちます」