第9章 ✼赤熊百合✼
§ 結Side §
「結様、夕餉は……」
「ごめんなさい。食べられそうにありません」
安土に帰ってきてから、私は無理に笑うのをやめた。
それは、私が目を覚ました時に家康にこう言われたから。
「もう無理に笑うのはやめて。そのままの結でいいよ」
笑顔を作ることも、頑張ることもやめてしまった私は部屋にこもるようになった。
何を口にする気にもなれない。
誰と喋る気にもならない。
顔を合わせて会話するのは、信長様と家康だけ。
これでは本当に"織田家ゆかりの姫"というただのお飾りだ。
なのに、そんな私の事を皆は叱咤するでもなく、ただ静かに見守ってくれていた。
それにまた心が痛くなる。
(久しぶりに裁縫でもしようかな……)
近くにあった針子道具に手を伸ばしたところで、柔らかな声が私を呼ぶ。
「結、俺だけど」
「家康?どうぞ入って」
部屋に入ってきた家康は夕餉を手にしていた。
「結。もう三日も夕餉食べてないよね」
「……食べたくない」
家康の前では、何故か強がる事を忘れて子供のようになってしまう。
そんな私を見て家康は深い溜息を一つついた。
「ねぇ……このままだと倒れるよ。少しでいいから食べて。これだっていつもの半分も入れてない」
家康は、黙って私の口に匙を運んでくる。
食べる気がしないとは本当だけど、私だって家康に迷惑をかけたい訳では無い。
目の前を匙を口に含むと、懐かしい味が口の中に広がった。
「おいしい……」
「これ、政宗さんが作ったものだから」
久しぶりの夕餉を食べ終えると、次は傷の治り具合を見てもらった。
「うん。少しずつだけど傷も塞がってる。背中の傷は跡は残らないと思う」
「ここは……残っちゃうかな?」