第7章 ✼月見草✼
謙信様と恋仲になる前
刀を突きつけられそうになったこともあった
私を人質として捕らえたこともあった
それでも、謙信様が私に直接傷を負わせたことなんて無かった。
女に興味はないと言いながらも私を守ってくれた。
だけど……今の謙信様は出会ったころに戻っただけじゃない。
──どこかの姫か?権力のため俺の正室になる事を望んでいるのか?
そんな事、言って欲しくなかった。
どれだけ拒絶されようとも、その瞳に私が写っていなくても……私の想いを疑う事だけはして欲しくなかったのに。
(謙信様は記憶が無いの。しょうがなかった)
そう自分に言い聞かせる。
──何故お前を見ると胸が詰まる?何故触れたいと思ってしまう?何故……!
今思えば、あの言葉は私の事を少しでも意識してくれていたのだろうか。
冷静になった今なら考えられるけど、あの時の私にあったのは
胸の痛み
体の痛み
痛み
痛み
痛み
痛かった。全部が、痛かった。
── 怖い
あろう事か、自分からそばにいたいと願った最愛の人を怖いと思ってしまった。
これ以上嫌われたくない。
信玄様が来なかったらどうなっていたんだろう。
もっと傷が増えていたのだろうか。
私がそばにいたら苦しむ?
いいえ……今は私がそばに居たくない。
そう思ってしまったから。
「私……ここに来て安心した……もう傷つかないで済むって思ってしまった。謙信様から逃げた」
「でもこの傷はあいつが……」
「それでも!謙信様のそばに居るって決めたのは私自身だったよ……!」
自分でも気付かぬうちに
少しずつ、少しずつ壊れかけていた私の心は
「最低……最低だ……」
とうとうボロボロになって、崩れてしまった。
今は、優しく抱きしめてくれる家康の腕が一番安心した。