第7章 だから恐怖を嫌った 乱凪沙
『お前なんかいなければ良かったのに』
憤怒の顔が目の前に現れた。
あぁ、またか。またこの夢か。
『そうね。』
手が振り上げられる。そこに握られた拳は、私をターゲットとしていた。
『私も、そう思う。』
一粒だけ、涙がこぼれた。
悲しくはなかった。
ただ、はやく終わってほしかった。
「さん」
大きな声が聞こえた。
目元に暖かい何かが当たる。少しゴツゴツしてて、私より大きな指。
「………さん」
今度は、絞り出したようなか細い声。
そこで私は目を開けた。
冷たいものが頬にあたった。
「………どうしたの?悲しいことがあった?」
私の顔を覗き込むその人を見たときから意識が覚醒した。
「何でもない」
溢れるそれをグイッと拭って、彼の手を振り払った。
私とこの人……。有名なアイドル、乱凪沙は付き合っているわけではない。
それでも一緒に住まないかと言われ、一つ屋根の下で過ごして一ヶ月がたった。
凪沙さんと私は、年が離れていて私が三つ年上。
考古学博物館の学芸員として働く私は、職場で彼と出会った。当初は何回も通いつめるから熱心な人だなとしか思っていなかった。
そんかある日、彼は私に告白をしてきた。
私は断った。
なぜなら私は男性が苦手だからだ。
それも打ち明けてそういう関係にはなれないと断った。
『…………じゃあ』
博物館の常連は、あっさりと言ってのけた。
『…………そういう関係にならなくてもいいので、一緒にいてくれませんか』
無茶苦茶な告白だった。
心を知らないという彼らしいセリフ。
何だかんだで、二年ほど一緒にいた。
そして今は一緒に住んでいる。
それでも、私たちは付き合っていない。