第7章 めちゃくちゃにしてやりたい【朔間零】
ライブの打ち合わせが長引き、終わった頃にはすっかり陽が落ちていた。
夜道を女の子一人で歩かせるわけには行かない。
零はいつも通り、あんずを自宅まで送っていたが、今日は何かが違っていた。
「今日はいつになく静かだが……何か気になることでもあるのかえ?」
いつもなら、次のライブや練習法について話す彼女が、今日はあまり話さない。
あんずはもともとあまり話す方でもないが、今日はいつになく静かだ。
「嬢ちゃんが静かだと、何か悩みごとでもあるのかと、心配になってしまうな」
何か言わなければ。
普段はそんなこと考えもしないのに、あまりの沈黙のせいで口にするつもりもない言葉すら出てきてしまいそうになる。
言ってはいけない。考えてすらいけない言葉を。
あと少し歩けば、あんずの家に着く。
なのに、近づけば近づくほどに彼女の足取りは重くなり、ついには歩みを止めた。
「…………嬢ちゃん?」
振り返って見れば、彼女は俯き、零の服の裾をキュッと摘んでいた。
帰りたくない、と言うかのように。
「今宵の嬢ちゃんはいつになく積極的じゃな。だが我輩をからかうには、ちと早すぎるな」
零は俯くあんずの頭を優しく撫でると、彼女の顎を掬い上げる。
「…………っ」
顔をあげた彼女は、赤く頬を染め、零を真っ直ぐに見つめる。
真剣な彼女の表情を見た瞬間、零の中で何かが弾けた。
零は彼女の手を引くと、月明かりの届かない夜闇へと彼女を誘う。
「……俺を誘ったお前が悪い」
零はあんずを路地裏の壁に押し付ける。
首筋を撫でれば、彼女はギュッと目を閉じ、体を強張らせた。
その仕草に零は手をとめる。
「一言……嫌だと言えば、やめてやる」
今なら、まだ引き返せる。
大切な彼女を、己で傷つける前に。
あんずはゆっくりと目を開けると、首を左右に振った。
「なら、お望み通り……」
本当に望んでいたのは、自分。
あんずを深い夜闇に染め上げてにしまいたいと。
「ずっと、お前をめちゃくちゃにしてやりたかった……」
零はそう言うと、噛み付くようにあんずに口付けた。
終