第1章 弔いの鐘/朔間兄弟
茜色の空が暗い空へと移りゆくその時、鐘が辺りに鳴り響いた。
鈍色の鐘が鳴らす音は悲しく、聞く者の胸をしめつけるようだった。
薄暗いその場所にはもう、彼らしかいない。
「ねえ、兄者」
沢山の花に囲まれた石碑には二人の兄弟が立っていた。
二人は何も言葉を交わさず、沈黙したままだったが、ついに凛月は堪らず兄に声を掛けた。
「どうして、兄者は彼女に……あんずに血を与えなかったの?あんずを愛していたんじゃ、なかったの」
凛月の問いに零は石碑を見つめたまま、何も言おうとはしない。
「兄者っ!」
そんな兄の様子に凛月は叫ぶように呼び掛けると、長い沈黙の後にようやく零は言葉を紡いだ。
「もちろん……我輩はあんずを愛しておる。今も、これからもずっと」
「じゃあ…………なぜ」
ようやく発した兄の答えに凛月は納得がいかず、尚も兄に問い続ける。
零は石碑にそっと触れた後、凛月へと振り返った。
「我輩はあんずを、人間という儚くも美しい存在を愛している。それに……」
零は凛月の目を見つめたまま話し、凛月もまた兄を見つめ返した。
兄の気持ちが、彼の真意が知りたかったから。
「きっとまた、巡り逢える。我輩達が死を知らぬ夜闇の魔物である限り、彼女の魂にきっと、また……」
零はゆっくりと歩き出し、凛月の横をすり抜けていくと、小さく呟いた。
「どんなに姿が変わっても、我輩はあんずを見つけ出してみせるよ」
「……そんなのっ」
凛月が振り返ると、そこにはもう、兄の姿はなかった。
「兄者……っ!」
悔しそうに凛月は歯を食いしばると、顔を伏せた。
拳をグッと握りしめ、叫ぶ。
「何故……っ!」
何故、彼女を吸血鬼にしなかったのか、と。
そうすれば、変わらずに彼女と永遠に一緒にいられたのに。
だが、その声は鐘の音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
「僕にはわからないよ……兄者」
凛月は立ち上がると、彼らが愛したあんずが眠る石碑を背に、その場から去ろうと歩き出す。
そしてまた、鐘が鳴る。
死者への葬いのために。
Fin