第15章 下剋上
夕刻。
光秀とさえりは御殿へ向かう大通りを、手を繋いで歩いていた。もう裏道をコソコソ歩く必要はない。
さえりはそれだけで、堪らなく幸せだった。
「光秀さん、ありがとうございます」
「何がだ?広間での最後の一言か」
「それじゃないです…!」
光秀は軍議が終わり広間から立ち去る時に、これからさえりを愛でると宣言して、全員を唖然とさせ、黙らせてしまっていた。
「あんな事、わざわざ宣言しなくても」
「愛でると言っただけだ。皆、何を想像したのだろうな」
光秀は楽しそうだ。さえりは息をつく。
「そうじゃなくて!」
「恋仲だって宣言してくれた事です」
「わかっている」
光秀はさえりの言葉を思い出していた。
「だが本当の事を言っただけだ。礼を言うことではないだろう」
「そうかもしれないですけど」
想いを確かめ合うまでは、誰にも言えない関係だったから…
つい視線が下を向く。すると、耳に息を吹きかけられた。
「きゃっ」
思わず小さく悲鳴をあげた。
「もう!ここ大通りですよ?」
「嫌か?」
「嫌です」
本当はそんなに嫌ではないが、見透かされるのが悔しくて、つい嘘をつく。
「嘘をつけ、意地悪されるの好きだろう」
「…もう」
光秀の手をグイと引き、頬に口づける。
「ほう、それで仕返ししているつもりか」
光秀はニヤリと笑う。しまった、と思った時にはもう遅かった。
頭を引き寄せられ、深く口づけられた。
「んっ、んんっ」
人波が二人を避け、好奇の視線を寄せる。町娘が遠巻きにキャッキャと騒ぐ声が聞こえる。
「五百年早い」
唇を離した光秀は満足そうに言った。
「ご…」
五百年。じゃあ現代に一緒に返ったら、少しはチャンスがあるのだろうか。
無理だろうな、とさえりは思う。このまま一生涯、光秀に翻弄されっぱなしなのだろう。
「ふふっ」
それでもいい、きっとそれで丁度いい。
「どうした。頭でも打ったか」
「打ってないの見てますよね…!」
さえりは光秀の手をぎゅっと握りしめた。光秀も握り返してくる。
「光秀さん、愛しています」
「俺もだ」
「愛している。さえり」
今宵も睡眠不足になりそうだ。さえりは胸を高鳴らせながら、光秀と一緒に御殿へと帰っていった。